++青木悦子の独り言++
フラワーデザイナー青木悦子の日々のつれづれを・・・

3月 21日(木) フロリダから帰って、、、 
1月 25日(金) 「フロリダに行ってきます」
1月 19日(土) 「今日は大変な1日でした」東北「フラワ....
1月 17日(木) 「雪見の茶」
1月 10日(木) 「今年の年賀状」
12月 29日(土) 「50年ぶりのクリスマス」
12月 20日(木) 「東北花の講習会つづき」
 

 
  2013年3月21日(木)
      フロリダから帰って、、、 
  
  フロリダから帰って、、 
 
 この独り言1ヶ月半近く前に書いたもの、あまりに旅が盛りだくさんでまとめきれず途中で中断、長くのご無沙汰をなんとかしなくてはと、がんばってとりまとめました。 
 、、、、、、 
  
  2月9日フロリダから2週間ほどの旅を終わって無事帰国しました。 
日本の寒さにまずびっくり、フロリダ、オランドーやマイアミは半袖、ノースリーブのぽかぽか陽気でしたから、 
 もっとも、キャピタルシテイのタラハシーはデズニーのあるオランドーから北に車で4時間、温度差5度、朝晩はかなり寒くコートが必要でした。 
日本でも北と南ではかなりの差がありますものね、 
  
 今回の旅は本当に気楽で楽しい旅でした。 
仕事の上の何の目的も義務もなくただ長男の出張に便乗して、良いこと取りの気ままな旅でしたから、 
 オーランドーでの長男の学会発表中は3日間、デズニーのユニバーサルスタジオ、アドベンチャー、ハリウッドスタジオ、デズニーワールド、マジックキングダムなど、一人でデズニーを漫遊?? 連日2万歩ほど歩き周りました。 
  
 ケネデイ宇宙センターには息子とレンターカーを借りて1日見学に行ってきました。  
 息子はその後マイアミで再び学会、私は残ってまた一人であちこち観光、  
 
 その後の4〜5日間は、息子の大学の教授のその又教授でその学会で権威あるのジョン、ケラー博士夫妻のお招きで、タラハシーの博士宅に3泊, 恐れ多くも往復8時間もかけて送り迎えをいただきました。そして4日間、フロリダ北部,アパラチコーラ湾の別荘などご案内していただきました。 
  
タラハシーでは、ワクラスプリングにゆきました。 
 泉の源泉地でその広大な川は自然のままで、「マナテイ」が3〜4匹ずつ群れて生息しているのをその日は、運良く至る所で目撃出来ました。 
 マナテイは 類乳類で象に近い生き物だそうで 色はグリーン、3〜4メートルもある巨大な生きもので、呼吸のため浮上してきます、子供を手で抱えて授乳するため人魚とも云われこの土地に長く在住する博士ご夫妻も何度も訪れながら今回初めて見たそうです。 
 
 私達は本当に幸運だといわれました。対岸では鰐が至る所に、ひそみ数10匹も発見しました。 
 
 かつてこの地で人食いワニ、オールドジョーが生息、何人も人を襲い,5000万ドルの懸賞付きで捕獲命令が出たそうで走ると人よりも早いく恐れられていたそうです、 
 今は剥製となて、その巨大な猛姿が公開されていました。 
 
 これらのアリゲータ、わたしが第1発見者となったこともあり、カメラの嵐の中、数メートルの距離で憮然とこちらを見据えている姿に、戦慄、大興奮しました。 
 何とも野生の生き物の凄みを肌で感じた瞬間です。  
  
 この川の中や両岸には格好の水藻、水鳥,魚、亀など群生しており自然の中で日夜凄ましい生物連鎖が展開されていることでしょう。 
   
 ケネデイ宇宙センターの科学の最先鋭宇宙スペースと、手つかずの大自然の生き物の世界、そしてデズニーワールドの広大な夢と虚構とのマジック空間。 
  
フ ロリダの旅はこれら三者の強烈な落差に翻弄される目眩と絶叫の旅でもありました。 
  

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  2013年1月25日(金)
      「フロリダに行ってきます」
  
1月25日(金) 
 
「フロリダに行ってきます」 
今朝無事パスポートも取れて晴れて 
本日1月25日より2月6日まで約2週間ほどフロリダに行ってきます。 
 
   長男の医療の国際学会発表の名誉ある渡米に便乗して、フロリダ州の亜熱帯地方の花々や花市場資材などをチャンスがあれば見てきたいと思っています。 
 
  フロリダ,マイアミには44〜45年ほど前、一人でシカゴのフローラルアートスクールに勉強にいったさい、卒業記念に帰りにアメリカ1週周遊してきたときに寄りました。 
 
 マイアミビーチで泳いだり、ケネデイ、宇宙センター、等などにも思い出があります。 
マイアミでお友達になったカナダの女性2人と映画に行ったり、お互いのホテルにいったり若い者同士?で楽しかったです。 
  デイズニワールドは山手線内の1.5倍の敷地でなかには高速道路も走る街というより都市といった方が理解しやすいそうです。 
 ハリウッドユニバーサルスタジオやジェラシックパークのあるアイランズ,アドベンrチャー、ハリーポッターの魔法の世界などなど沢山おのリゾートがあって、1週間やそこらでは見尽くせられないそうです。 
 
現代のフロリダ州を見るのも又楽しみです。 
今週末は結婚式が3件ありますが留守中みんながんばってね〜〜〜 
では、
  

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  2013年1月19日(土)
      「今日は大変な1日でした」東北「フラワー講習会のお知らせ」
  
「今日は大変な1日でした」&「東北元気のでるフラワー講習会」のお知らせ 
  
 今日は大変な1日だった、 
じつは私来週の金曜日25日から2月の6日まで13日間フロリダに行くことになっているんです。 
 昨晩出発まで1種間となったので、そろそろ、旅の準備をと思い、まずパスポートの確認と思っていつもの貴重品類の入っている机の引き出しを開けたら中に入っていないのです、そんな馬鹿な、と思いつつも心当たりの引き出しを次から次へと探しましたが見当たりません、 
 
だって最後は昨年9月にタイに行ってきたばかり、そのうち家中のありそうな場所を金庫まで探してみたが出て来ません、前回使った、スーツケースやバッグ類のポケットにもしや、と思いつ次から次とほとんど一晩中探しましたが出てきませでした。 
暮れの大掃除の際ひょっとして? 迷宮入り?? 
  
 あと1週間探し続けて出てくる確証がないのだったら、急遽再発行をしてもらわなければ間に合わない、フロリダには行かれないかもしれない、 
 頭の中が真っ白というのはこのことか? 
もう航空チケットは購入してあるので、フイになってしまうのだ、 
 
 明朝 生花の仕入れと、造花資材仕入れと結婚式場と3カ所を回る予定していたのだが早朝事情を話してキャンセルし戸籍抄本を取りに区役所に、そのあしで旅券事務所,産業貿易センターに、写真を撮って、紛失届や旅券発行申請書などややこしい書類を何枚も何枚も焦りながら書いてやっとのこと提出終了しました。、、、、 
 
 係員の回答によるとパスポートは土日を除いて営業日丸6日間で発行されるということです。 
 何と発行は25日(金)の朝9時ということでした。 
25日は午後出発なのでぎりぎりでセーフ。 
「フうーーー」 
  気持ちがほっとし放心状態になりながらも、なんとか苦境を乗り越えた思いで心は晴れやでした。 
 帰りは旅行用具店をに入り、かねてから調子が悪く東北に行くときも不自由していたウオーキンングバッグを探すことにしました、 
 それにしてもスーツケースから始め,昨晩は私のあらゆるバッグのなかを探したのだが その数なんと40以上もの大中小のバッグ、バッグ、バッグ、目的によって用途が違うのだから仕方がないのだが、 
 このウオーキングバッグだって3個もあるのだ、スーツケースでも1週間と2週間の旅行ではケースの大きさは異なる、 
 店員に苦情を言いつつ、バッグばかり増えてしまって〜〜というと、その店員曰く 
「いいんですよ、おふくろと言うじゃありませんか」 
「???」 
 なぜか妙に感心し納得してパスポート獲得祝い」にと快く購入してしまった、このウオ^キングバッグ22500円也でフロリダ行き決定しました。 
 一件落着 
 この後花材店に仕入れに行き モンテファーレに行き 明日の結婚式とブライダルフェアーのいけ込みに駆けつけたのは云うまでもありません。 
 
 
             〜〜〜〜 
「おしらせ」 
 
第4回 東北被災地の 
「元気の出るフラワー講習会」 
は3月24日(日)25日(月)26日(火) 
気仙沼市,南三陸町で3カ所 計4個所の仮設住宅にゆきます。 
参加者あと1名募集中です、希望者はお早めにご連絡すださい、
  

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  2013年1月17日(木)
      「雪見の茶」
  
 
「雪見の茶」 
 
 朝起きて一面の大雪にびっくり、隣の家の屋根が真っ白に分厚く雪が盛り上がっています。 
  
 車も道路も街も降りしきる牡丹雪のなかで物音ひとつなくしんしんと静まり返り、 
庭の梅の木にもしっかり雪がつもり小枝まですっぽりかくれています。 
  
 よく見ると雀が小枝の上を飛び交い 餌を求めているのでしょうか、今日は無理、といっても雀には蓄えはないのだから、と隣の屋根の上をめがけて米粒を投げてみましたが,雀はどこかへ飛んでいってしまいました。 
  
 私は今日は何もかも中止と決め込んで一日中降り積もる大粒の雪の乱舞を窓から眺めていました。 
   
 勿論居間の愛用のストーブには薪をたっぷり仕込んで真っ赤な炎を見つめながら長火鉢にも炭を入れて煮炊きをはじめます。 
 やかんは勢い良く音を立てて、蒸気を吹き出しています。 
 
 赤々と燃え上がる炎と冷たそうな真っ白い雪を眺めながらの一服のお茶は何とも 人生の妙 を噛み締める至福のひとときでもありました。 
  
  

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  2013年1月10日(木)
      「今年の年賀状」
  
2013年1月10日 
 
遅くなりましたが 新年明けまして 
おめでとうございます。 
今年がどなたにも素晴らしい1年となりますように 
年頭にあたりお祈りします。 
 
「今年の年賀状」 
さて昨年の大晦日 出発寸前の私の手に届いたスタジオの年賀状は20枚、 
これでは何が何でも足りないと出発を1時間延ばして40枚を追加してもらった、 
これで何とか義理をつなげて、、、 残りの200枚は帰宅後に書くと開き直って住所録と切手と修正液を携えて見切りでの横浜を出発一路熱海に、、、 
 
 いつも私達は全力で頑張ってはいるものの、寸前まで仕事が終わらないのである、 
というより何が何でも横浜を脱出して仕事を終らせる と言った方が当たっているかもしれない。 
 そんな訳で後ろ髪とスカートの裾は短めというのが得策だ。 
  
まいとし年末年始の4日間は主人と熱海で過ごすのが恒例となっている。 
また熱海には数年前まで毎月お花のお稽古に来ていたので、年の功の稔ったかつての生徒や温泉友だちが気長に待つともなく待っていてくれる、 
  
 加えて数ヶ月前 気の合う妹夫妻が突然熱海に引っ越してきたのだ、偶然にも歩いて10分足らずのご近所とあって、今年から熱海志向は温泉に加えて吸引力が加わった、 
横浜にいた時は滅多に会わなかった妹にこの半年で3回も会っていたことになる。 
  
 年賀状は大晦日の夜を徹して書き元旦に まさに1月1日の朝投函した。 
 
そもそも年賀状は2日あたりに書き初めとして1週間位かけてゆったりと書くのが相応しい気がする。 
 年末の忙しい時期に〜〜早春を寿ぐ〜〜なんて気分にはなれないのは私だけではないはず、 
  
ここで提案、年賀状は正月中にゆっくりゆっくり一人一人に 書けばいい、というのはどうだろうか? 
  
 味も素っ気もない形ばかりの年賀状毎年書いても、余り楽しくない,でも時間がない、1日に50枚も100枚も書こうとするから、字は粗雑になるし、みな決まり文句になってしまう。 
 
 お元気ですか?と書いて、又同時にもらっても返事はお互いに期待出来ないのは始めから解っている。 
 私は来年から親しい友達には、ゆっくりと書きたいと思っている。 
 
 悪戦苦闘している私の脇で主人はお決まりの年賀状を手つけずでとっくに済ませたらしく、涼しい顔で紅白を見ながらiPhoneに浸っている、 
 こりらの方が何とも良さそうな大晦日の過ごし方のようにも見えてしまうのだが、 
  

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  2012年12月29日(土)
      「50年ぶりのクリスマス」
  
「50年目のクリスマス礼拝」 
 
12月26日(水)  私は横浜にある学園のクリスマス礼拝に花束を抱えて出席しました。 
  
  50年ほど前私はこの学園で教師をしていました。 
先日突然その時の教え子たちから電話をもらい、今日の学園の恒例のクリスマス礼拝に出席して、再会しようという約束をしていたのでした。 
 電話では還暦を迎えたと言っていた教え子たちはいったいどんな60歳の女性になっているのだろうか? 
  不安と期待を胸にしつつ 教会の待合室で一目でそれらしき二人連れを発見、ほとんど同時に声をかけあって、50年ぶりの再会を喜びあいました、 
 
 言葉を交わしながらはっきりと思い浮かべるあの日々の幼いあの笑顔を探しつつ、ほのかに、否否 確かにあの時の教え子たちに相違はありませんでした。 
  
  クリスマス礼拝、キャンドルサービス, 聖誕劇,賛美歌、などなどプログラムが進むなか、折折に交わす言葉の中に50年の軌跡を一つ一つ確認し合ううちいつの間にか、昔の9歳11歳の子供に、わたしは 大学出たての若い先生になっていました。 
  
  「この学園に来て始めて先生に時計の見方を教わった、教室に来るたびに今何時?と聞かれて一生懸命覚えたことは忘れない」といいつつ いまでは二人の子をりっぱに育てあげた貫禄たっぷりな60歳、  先日まで介護士として社会で立派に仕事をしてきた主婦でもありました。 
 
  また当時夢にまで見たチョコレートを学園の子供たちにと土産することも忘れない人情豊かな女性に成長していました。 
  
 デナーの夕食は子供たち待望のご馳走のメユー、デザートやフルーツもたっぷり、クリスマスプレゼントもキテイちゃんグッズや自分の顔よりも大きい 大きなぬいぐるみなどなど、、、豪華で時代の流れを感じさせられます、 
   
 当時は配給されたテッシュペーパー一枚一枚に判子をおして大事にしていたことなどは今の子供たちには、想像すら出来ないことでしょう。 
  
  あれから50年全てが豊かになった日本、それでも様々な理由で犠牲となり父母や家族と暮らせない幼い子供たちの存在は今も昔変わらないようです。 
  
 この子供たちにはいくら嬉しいこと楽しいことがあっても多すぎることはないでしょう。  
  
 園長は愛情豊かなクリスチャン、そして2代目 3代目も今は全て亡くなったそうです、 
私は園長夫人とその息子さん、そして現園長に私のかねてからの思いであった「子供たちにお花の美しさや素晴らしさを届けたい」、 とつたえました、 
 
 当時はまだ子供を産んだことも育てたこともない未熟でいたらない私を受け止めてくれた全てのことに感謝しせめてもの恩返しとして「お花を通して」それが私の出来る唯一のこと、という思いをあらためて伝えました。 
  
  私がほとんど忘れかけていた青春のノート1枚1枚に私より長く在籍した子供たちの貴重な情報も加えて時間や名前や出来事等を書き込んでゆくことになりました。 
   
 子供たちがお花をデザインして喜び、少しでも幸せな気持ちになれる時が一日も早く来るよう今切に願っています。 
 
 こうして50年ぶりに再会した2012年のクリスマスは今年最高のクリスマスとなりました。
  

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  2012年12月20日(木)
      「東北花の講習会つづき」
  
前回のつづき     〜〜〜〜〜 
 
「東北被災地お花の講習会」  
 集会の後はみんなでお茶タイムです。 
 
レッスン後のティータイムのためのお菓子は、同じ買い物をするなら東北でと思い、毎回地元のスーパーで仕入れています。 
  
皆さんも思い思いの手づくり茶菓を持ち寄ってきます。 
顔よりも大きい自作のサツマイモでスイートポテトを作ってきた人、白菜のお新香、糠漬けたくあん、酢漬けかぶ大根等 得意の漬け物の数々が並びます。 
  他にもカボチャの煮物、ラ フランスとリンゴのスイーツ、干し柿、きのう自分で捕まえたという蛸の酢の物などなどでテーブルはいっぱいになります、、..... 
 
 全て自家製で、自分たちの手で作った料理を持ち合っての味自慢です。 
 
取れ立ての白菜のお新香などあまりの美味しさに箸が止まりません。 
美味しいと言ったら、何と手押し車に一杯10個も大きな白菜を積んできて「持って行け」と運んでこられたのには、さすがにびっくり仰天でした。 
 
 紐で編んだという素敵なバッグを作ってきてくれる人、浮きのガラス玉を綱糸で編んだ飾り物など、今は皆プラスチック製となりガラス玉はもう手に入らない品物とか。    
  
また自分たちで育てたワカメなど、みんなの心づくしの土地の土産をいただき、被災者から何かをいただくなんて、とんでもない、本末転倒、心苦しく固辞するものの余りの厚意に断るすべもありませんでした。 
これも「被災者とボランティア」という関係ではなく、「友人」と感じていただけたからなのだと、嬉しい気持ちでいっぱいになります。 
   
また佐々木先生の同級生夫婦が経営する気仙沼の宿では民宿では考えられない、初めて見る「そい」北日本に生息するフサカサゴ科の魚とハマチのお頭付きの生き作りがデーンとお目見え、びっくりする豪華さでした。 
  翌日の南三陸町の旅館では豪勢な海旬御膳のほかに女将からといって、特別に天ぷらの盛り合せが全員にサービスされ、とてもとても食べきれる量ではありませんでした。 
  
  また前回火傷でお世話になった旅館の中居さんからは、 ふたたび幻の妙薬「栃の実」の貴重なる薬をいただきました。 
さらにフルーツや地元名物のクルミ入りのどら焼きを袋一杯差し入れをいただいたりしました。 
  みな被災者ながらなんとも心熱い東北の人々との強い絆をひしひしと感じて胸が熱くなります。 
  
  夜のフリータイムには地元の被災者による手づくり工房を訪れ、大漁旗をデニム地にアップリケした大小のトートバックや化粧ポーチやペンケースなど購入し,とっても気に入って毎日東北の人々を思い出しながら愛用しています。 
 わたしも 自分の持っている最も良きものにさらに磨きをかけて花の香りを届けたいと心ワクワクしています。 
 来春3月頃、第4回の「元気の出るフラワー講習会」を予定しています。 
次回は 春を呼ぶ「桜のブローチ&桜の短冊」を考え目下染色中です。 
 ご一緒する方お申し出くださいね。詳細はいずれ、、
  

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