2017年7月11日(火)
      「むかでのこと」コンプリート

  
ベルナールの箱  
 
夕暮れ時、工房の押入れに今シーズン初めてのムカデが登場した。まだ5月なのに早い気がしたけれど、昼間ケーブルテレビの工事の人が屋根裏に上がって作業をしたから、きっと驚いて下りてきてしまったのだろう。釉薬のバケツが積んである押入れの奥の壁に、アルファベットのCの形で張り付いているのを見つけた私は驚いて固まった。そのまま5分経ったがムカデの方も微動だにしない。けれど、だんだんと日が暮れてきて、きっと、夜行性だから暗くなった途端に猛スピードで動き始める。私はなるべくムカデから目を離さないようにしながら、物置きから四角い透明なプラスチックの箱を持ってきた。底辺が30×40センチ程、高さ30センチ程、ディスプレイに使おうと買ってあったものだ。釉薬のバケツを1つどけて、ムカデの真下30センチの位置に箱をセット。壁と箱の隙間にムカデが入ってしまわないように、厚紙を箱の幅よりちょっと短く切って、壁から箱への滑り台みたくなるように、ガムテープでしっかり貼りつけた。これで準備は良し。  
 
右手にハエ叩き、左手に殺虫剤。ハエ叩きを振り上げて暫し固まる。手を下ろして深呼吸。意を決して振り上げてみるもののやはり固まる。手を下ろして深呼吸。再度意を決して振り上げて固まる。繰り返し。一旦椅子に座ってみたり。そんな逡巡を15分ぐらい経て、ついに私はハエ叩きでムカデをチョイッと突ついて見事プラスチック箱の中へと落とすことに成功した。  
 
急な出来事に大暴れするかな、嫌だな、と怯えていたのだけれど、ムカデは暴れたりせずに触角をしょんぼり下ろしただけだった。取り敢えず安全が確保されたのでホッとした。プラスチックの壁はツルツルしてムカデには上れないからもう大丈夫。すっかり夜になっていたので、猫がムカデの箱を見付つけないように、棚の脇に隠すように置いて仕事に戻った。  
 
翌日、朝から仕事をしていてふと「あのムカデはどうすれば良いのだろうか」と思った。箱に入っているから危険は無いし、急を要するわけでもないし、面倒くさいし、ま、いっか。取り敢えず思考を目の前の作業に戻した。  
 
夕方、またふと思い出してのぞいてみた。ムカデはなんだってこんなツルツルの所に来てしまったのか、相変わらずしょんぼりしていた。昨日よりちょっと小さくなった気がする。乾いてるっぽい。ふと思いついて仕事で使う水吹きを持ってきて、シュッシュッと水を吹きかけてみたら、ビクッとした後、壁についた水滴に口をつけてゴクゴク飲んでいるではないか。喉が渇いていたのだ。  
 
夜、仕事が一区切りした私は、豚モツの湯引きしたのに青ネギとポン酢をかけたのをつまみにビールを飲もうとしていた。「アパートの鍵貸します」を流し見しながらふと考えた、ムカデって何を食べるんだろうか。私はムカデの箱を持ってきて机の上においた。モツの端っこをムカデの顔の近くにポトッと落としてみた。反応無し。だよね、ムカデが豚モツ、食べないよね。  
 
でも数十分後にふと見ると、ムカデはモツをムシャムシャ頬張っていた。おぉ!食べた食べた!ほんのひとかけらのモツもムカデにとっては沢山だったみたいで、食べ疲れたムカデは食べ残したモツに寄りかかってグゥグゥ眠り始めた。ムカデの動向を夢中で見ている自分の、1メートル上空のもう1人の自分の目に気付いて私はハッとした。私はムカデに豚モツを食べさせて、その様子を嬉々として観察し、手の届く場所には殺虫剤が置いてあるのだ。急にムカムカとした黒い吐き気が込み上げてきて身をすくめた。猛烈な「死にたさ」が襲ってきた。ギューッと目をつぶったらパッと消えてしまえれば良い。このムカデの運命は私の思うがままなのだ。今すぐに殺虫剤を噴射して命を奪うこともなんら当たり前でもあるのだ。  
 
「アパートの鍵貸します」では若き日のジャック・レモンが早送りのようなコミカルな動き。寅さんに出てくる若き日の前田吟にも通ずるお茶目っぷりだ。ビリー・ワイルダーは明るく華やかな、ザ・ハリウッド映画の監督のイメージが強いけれど、その実はホロコーストから逃れる為に亡命してきたハンガリー出身のユダヤ系で、母親は「一緒に亡命しよう」という説得に応じずに残り、アウシュビッツの収容所に送られて殺された。ビリー・ワイルダーの初期のものは、陰惨なテーマの不条理でグロテスクな映画が多い。次第にハッピーな作風に変わっていったが「アパートの鍵貸します」にしてもチャーミングな映画だけれど、どこかシニカルさも漂っている。  
 
幾日か箱のムカデを眺めて暮らした。猫が時々小突いてちょっかいを出したけれど、ムカデの目にはどう映っているのか、気にしない様子だった。プラスチックの上で居心地が良さそうではないけれど、ムカデは歩き回ってみたり、丸まって昼寝したり、触角の手入れをしたり、深い考察に耽ったり、なんとなくリラックスしているようにも見えた。だけど、ずっとこうしても居られない。土の上を歩いたり虫を捕まえて食べたり、雨に打たれたり日向ぼっこしたり、ベルナールは自然の生活に戻った方が良いのだ。ベルナール、と私はムカデに名付けていた。ベルナール・ビュフェ展のチラシが、たまたま壁に押しピンで留めてあったというだけのことなのだけれど、妙にしっくりきた。  
 
昼下がり、私はベルナールの箱を手に家を出た。家のまわりをウロウロした結果、2軒隣の保養所の庭に決めた。もうずっと廃墟のままだし自然に囲まれて良い環境だ。箱を逆さにして岩の上にベルナールを滑り下ろした。伊豆高原の地盤は4000年前に噴火した大室山の溶岩で出来ていて、庭石はゴツゴツした溶岩ばかりだ。その岩の上で、ベルナールはしばらく触角を左右に動かして、さっきまでとは違う場の空気を慎重に読んでいた。  
 
私はその場を離れることが出来なくなり、息を呑んでベルナールを見守っていた。するとその岩場へ、チョロチョロと大きな黒い蟻がやってきた。「あ!きっとベルナールは蟻を捕まえて食べるんだ!」どうしよう!心臓が早鐘を打つ。しかし思惑とは逆に、蟻がベルナールに襲いかかってきた。足に噛み付いて離さない。ムカデは昆虫界の百獣の王ではないのか?さっきまで静かに風の匂いを嗅いでいたベルナールが、蟻に襲われて逃げ惑っている。突如目の前で始まった命のコンペティションに私はうろたえた。右手に持った箱の角っこで蟻を攻撃しようか、ベルナールを箱に戻して家へ連れ帰ろうか。そういう訳にはいかない。そういう訳にはいかないのだ。そのうちに、ベルナールは落ち葉の下に潜ったり岩の隙間をくぐったりしながら蟻を振り切って、とうとう私の見えない穴ぐらの奥へと這入っていってしまった。ポツンと残されてしばらく茫然としたが、ずっとここに立っていても仕方がない。とぼとぼ家に帰って箱を洗った。  
 
さようならベルナール、達者で健やかに暮らしてほしい。  
 
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ベルナールは時間について、随分と伸び縮みするものなのだと考察を終えていた。幼い頃、宙に舞う埃や軒先に蜘蛛が巣を作るのを何時間眺めていてもほんの1秒にしか感じなかった。滅多に口をきかないベルナールを大人達は心配した。ベルナールの通っていた幼稚園では週に一度、園児が園長先生の部屋でおやつを食べるという行事があり、ベルナールもその日の午後に選ばれた12人の園児と共に園長先生の部屋に招かれた。しかしベルナールにとってその日は、園庭の花壇をぐるりと囲んだ丸い石の裏の模様を一つ一つ見てまわる筈の日だった。園長先生の指導を受けながら丸めたパン生地がオーブンで焼き上がるのを待つ合間、園児達は輪になって園長先生とお話をするのだが「ベルナールはお家でどんな遊びをするの?」「苦手なものはなぁに?」など聞かれる時間は、まるで氷の溶けたミルクのように薄く水っぽい時間で、1秒が永遠に感じられ目眩がした。ベルナールはもちろん一言も口をきかなかった。  
 
大人になるに連れて、ベルナールは薄く水っぽい時間のやり過ごし方を身に付けざるを得なかった。世界には幾つもの見えない線が張ってあったし、はみ出さないように歩くのだと暗黙の了解で擦り込まれていった。良い就職が決まり、可愛いマリーと縁談が決まり、生命保険に入り、住宅ローンの申込み書にハンコを押した時、ベルナールは薄い時間に殺される前に死ぬことに決めた。どこをどうやって歩いたのか覚えていない。死に場所を探して歩き疲れ、夕暮れにふと佇んだ。  
 
意識が戻ると透き通った箱の中にいた。どこでもないツルツルした場所に、なぜかベルナールの心は安らいだ。喉が渇けば雨が降ったし、お腹が空けば肉が降ってきた。時折「ニャーニャー」という音と共に小さな地震が起きたが、大して気にはならなかった。好きなだけ宙に舞う埃を眺めていた。1秒だ。しかし次の瞬間ベルナールは足に激痛を感じた。忌々しい蟻が足に噛み付いて離さない。蟻を振り払おうと触覚を振り乱して躍起になっている自分の、1メートル上空のもう1匹の自分の目に気付いてハッとした。ベルナールは悟った。自分は、生きようとしているのだ、と。  
 
  

 

 
  2017年7月7日(金)
      temyamにゃす

  
 
ハッと気付けば7月7日、、たなぼた、、あ間違った、、たなばた。すっかりご無沙汰しましたm.yamの猫マネジャー、temyamにゃす。m.yamは無事に家中の掃除と断捨離と工房の移動を終えて、今度は庭の草刈りに取り掛かるところにゃす。「いや〜草ってどんどん生えてくんのな〜」と汗を流しながら蚊取り線香をぶら下げて励んでおりにゃす。暗くなると制作のプランを思案しておりにゃすがにゃかにゃかまとまりません。 
 
2ヵ月に一度くらいなんだけど、今日は特別にボクもお外に出してもらいました。地域の猫さんプイプイと遊びたい、、でも全然相手にしてもらえない、、匂い嗅ぎたい、、でも近付くと「ファーッ!」って牙をむかれる、、あのきな粉のおはぎみたいなお尻に触ってみたい、、でもプイプイはむちゃむちゃ短気で怖いんです。悩ましいです。
  

 

 
  2017年6月30日(金)
      7月カモン!

  
この6月は、シフトチェンジしようとする私になんだかやさしく流れてくれた気がする。ありがとう、6月ちゃん。 
 
HPも変わって、ネットショップ、ギャラリーページ、SNSのリンク等をデザイナーのおまちゃんに削除してもらい、えらいスッキリサッパリした。今は一旦手数をそぎ落とす時かな。Topページの写真を変えたいのだけど、変え方を忘れてしまって今思い出し中。。 
 
工房も2階から1階に移動するのでバタバタと断捨離作業中。サクッとシフトチェンジ終えるつもりなれど、20年分の納品や展示の記録、型紙や石膏型、陶印や増えた道具などを処分するのは少しドキドキした。大丈夫?うん、大丈夫。捨てたくない?ううん、もう要らない。フジ産業の車がゴミステーションに到着して収集して去っていく音と共にドキドキも静まった。ふぅ。 
 
7月カモン!! 
 
 
 
 
 
  

 

 
  2017年6月16日(金)
      ラ・ラ・ランドと歌舞伎町広場の一団

  
池袋で古い仲間らと飲んだら映画の話になって、私はずいぶん映画館の椅子に座ってないな、と思った。昨年末からは展示への制作に追われるばかりで情報もシャットアウトしていた。なので皆が「ララランド」「ララランド」と言ってるなとは思っていたけど、そうか!「セッション」の監督のミュージカルだったのか!これはスクリーンで観なくては!3ヶ月前に気付きたかったものである。 
 
ネットで調べたら今日を含めて残り3日、それもどこも小さい劇場ばかりになっていた。でも良い。小さくてもスクリーンはスクリーンだ。新宿ピカデリーのレイトショーと翌日の昼の席を予約して伊豆高原から新宿を目指して電車に乗った。 
 
レイトショーが終わるともう日付の変わる頃だった。なるほどジャック・ドゥミへのオマージュという前情報に納得納得。「ロシュフォールの恋人たち」の胸キュンと「シェルブールの雨傘」の切なさが、ぎゅうぎゅうに握ったおにぎりみたいに胸に迫ってくる。く、苦しい!終盤には、隣の席の33才ぐらいの男の子が、頭を抱えるようにして激しく嗚咽してくるので少し興醒めしてしまったものの、私だって脱水症状になるぐらいに泣いた。ぐったり泣き疲れた体に夜の新宿は涼しく気持ちよかった。明日の11時からもう一回観れるのだ。嬉しい。 
 
歌舞伎町広場のビジネスホテルに泊まることにしていた。後で浦和のオットに話せば「なんだ駅まで迎えに行ってやったのに」と言われるんだろうけど、オットのアパートに行って「面白かった?」とか「明日何時に出んの?」とか「アイス食べる?」とか聞かれたくない。私はひとりぼっちでポツンと浸りたいのだ。 
 
歌舞伎町広場はずいぶんと清潔な雰囲気に整備されて変わっていた。黒いアスファルトだった記憶の地面は白いタイルみたくなっていて、平日だからなのか、たまたまなんだろうけど、昔はよく見かけた化粧の濃い女装のおじさんや、「1発千円」のプラカードを掲げる殴らせ屋など、得体の知れない人達の姿も無く、シーンとしていた。 
 
ヤンキー、と言うのかチンピラと言うのか、タイルに直にペタンと座り込んだ一団が目にとまった。ファミマで買った小さい白ワインと塩キャベツの入ったレジ袋を手に下げて、私はしばらく一団を眺めるともなく眺めた。20代?いや10代半ば。黒いジャージと白いジャージと黄色いジャージとカーキ色の戦闘服みたいのと、男の子らの中に1人、おっぱいもお尻もほとんど透けて見えているようなピンクのヒラヒラワンピースの少女と。男の子達もジャージの上着のチャックをほとんど開けて、胸をはだけるのが流行りらしい。彼らは思い思いに携帯電話をいじったり、寝そべったり、缶ビールらしき物を飲んだりしていたが、時々誰に向かってかわからない大きな奇声を発した。空に向けて意味不明な破裂音を発するあどけない口元を見れば歯がほとんど無い。シンナーかなにかで溶けてしまったのだろう。 
 
広場と面してあるビジネスホテルの6階の部屋に収まって、白ワインを飲みながらメールの返信をしたり本をめくったりしているとすぐに眠くなった。テレビを消してベッドに入ると、広場のさっきの一団の奇声、ガラスビンの割れる音、走り回って大人を威嚇するような気配が眠りに落ちようとする私を追ってきた。少女のことが少しよぎった。おっぱいとお尻の透けたピンクのヒラヒラワンピースの気だるい少女。誰にでもすぐにやられちゃうのであろう少女。たった今会ったばかりの男に自分の一番弱い部分を開いて、それで自尊心を高めていく女の子がもしかしたらどこかに存在するのかもしれない。一番柔らかな粘膜の部分を乱暴に汚らしく擦られて、それで何かを獲得していく女の子がもしかしたらどこかに存在するのかもしれない。だけど、ほとんどの女の子が違うように、彼女もきっと違うだろう。 
 
鳥達は夜更けにもさえずるのだと、私は伊豆に越してから知った。裏の敷地の木々に集った鳥達は、真夜中でも、これがどうだのあれがああだのと、しきりにさえずりあっている。広場のチンピラ一団の奇声を聞きながら、私は伊豆の家で眠る前に聞く鳥達のさえずりを思い出していた。 
 
朝は8時過ぎに目が覚めた。カーテンを開けて広場を見渡すと、ちょうどチンピラ一団が清掃係の青いユニフォームのおじさん達に、広場を追い出されている最中であった。飲み散らかした缶を1ヶ所に集めさせられて、レジ袋に入れさせられて、それを手に持たされて、広場を追い出されようとしている。この一連を毎朝やっているのだろう。一団はどこかで一眠りして、夕方になったらまた広場に戻ってくるのだ。彼等の一日は夕方からなのだ。 
 
ラ・ラ・ランド、ジャック・ドゥミ、歌舞伎町広場のチンピラ一団、スケスケワンピースの少女、伊豆の鳥達。はて、私のさえずりはどんな声だったっけな。今日も、見たことのない一日が、始まる。
  


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7月 11日(火) 「むかでのこと」コンプリート
7月 07日(金) temyamにゃす
6月 30日(金) 7月カモン!
6月 16日(金) ラ・ラ・ランドと歌舞伎町広場の一団



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