+ m.yam 窯日誌 +
2017年 5月
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ちょっとの間、表現にシフトする期間を設けることにしました。
現在、ギャラリー、ショップ、個人からの注文、全てストップしています。
                       (2017.5/31)

 

 
  2017年6月16日(金)
      ラ・ラ・ランド

  
 
池袋で古い仲間らと飲んだら映画の話になって、私はずいぶん映画館の椅子に座ってないな、と思った。昨年末からは展示への制作に追われるばかりであらゆる情報をシャットアウトしていた。なので皆が「ララランド」「ララランド」と言ってるなとは思っていたけど、そうか!「セッション」の監督のミュージカルだったのか!これはスクリーンで観なくては!3ヶ月前に気付きたかったものである。 
 
ネットで調べたら今日を含めて残り3日、それもどこも小さい劇場ばかりになっていた。でも良い。小さくてもスクリーンはスクリーンだ。新宿ピカデリーのレイトショーと翌日の昼の席を予約して伊豆高原から新宿を目指して電車に乗った。 
 
レイトショーが終わるともう日付の変わる頃だった。なるほどジャック・ドゥミへのオマージュという前情報に納得納得。「ロシュフォールの恋人たち」の胸キュンと「シェルブールの雨傘」の切なさが、ぎゅうぎゅうに握ったおにぎりみたいに胸に迫ってくる。く、苦しい!終盤には、隣の席の33才ぐらいの男の子が、頭を抱えるようにして激しく嗚咽してくるので少し興醒めしてしまったものの、私だって脱水症状になるぐらいに泣いた。ぐったり泣き疲れた体に夜の新宿は涼しく気持ちよかった。明日の11時からもう一回観れるのだ。嬉しい。 
 
歌舞伎町広場のビジネスホテルに泊まることにしていた。浦和のオットのアパートに行って「面白かった?」とか「明日何時に出んの?」とか「アイス食べる?」とか聞かれたくない。ひとりぼっちで浸りたいのだ。 
 
歌舞伎町広場はずいぶんと清潔な雰囲気に整備されて変わっていた。黒いアスファルトだった記憶の地面は白いタイルみたくなっていて、平日だし、たまたまなんだろうけど、昔はよく見かけたような化粧の濃いおじさんや、「1発千円」のプラカードを掲げる殴らせ屋など、得体の知れない人達の姿も無く、シーンとしていた。 
 
ヤンキー、と言うのかチンピラと言うのか、タイルに直にペタンと座り込んだ一団が目にとまった。ファミマで買った小さい白ワインと塩キャベツの入ったレジ袋を手に下げて、私はしばらく一団を眺めるともなく眺めた。20代?いや10代半ば。黒いジャージと白いジャージと黄色いジャージとカーキ色の戦闘服みたいのと、男の子らの中に1人、おっぱいもお尻もほとんど透けて見えているようなピンクのヒラヒラワンピースの少女と。ジャージの男の子達もチャックを1番下まで開けて、胸をはだけるのが流行りらしい。彼らは思い思いに携帯電話をいじったり、寝そべったり、缶ビールらしき物を飲んだりしていたが、時々誰に向かってかわからない大きな奇声を発した。空に向けて意味不明な破裂音を発するあどけない口元を見れば歯がほとんど無い。シンナーかなにかで溶けてしまったのだろう。 
 
広場と面してあるビジネスホテルの6階の部屋に収まって、白ワインを飲みながらメールの返信をしたり本をめくったりしているとすぐに眠くなった。テレビを消してベッドに入ると、広場のさっきの一団の奇声、ガラスビンの割れる音、走り回って大人を威嚇するような気配が眠りに落ちようとする私を追ってきた。少女のことが少しよぎった。おっぱいとお尻の透けたピンクのヒラヒラワンピースの気だるい少女。誰にでもすぐにやられちゃうのであろう少女。たった今会ったばかりの男に自分の一番弱い部分を開いて、それで自尊心を高めていく女の子がもしかしたらどこかに存在するのかもしれない。一番柔らかな粘膜の部分を乱暴に汚らしく擦られて、それで何かを獲得していく女の子がもしかしたらどこかに存在するのかもしれない。だけど、ほとんど全ての女の子が違うように、彼女もきっと違うだろう。 
 
鳥達は夜更けにもさえずるのだと、私は伊豆に越してから知った。裏の敷地の木々に集った鳥達は、真夜中でも、これがどうだのあれがああだのと、しきりにさえずりあっている。広場のチンピラ一団の奇声を聞きながら、私は伊豆の家で眠る前に聞く鳥達のさえずりを思い出していた。 
 
朝は8時過ぎに目が覚めた。カーテンを開けて広場を見渡すと、ちょうどチンピラ一団が清掃係の青いユニフォームのおじさん達に、広場を追い出されている最中であった。飲み散らかした缶を1ヶ所に集めさせられて、レジ袋に入れさせられて、それを手に持たされて、広場を追い出されようとしている。この一連を毎朝やっているのだろう。一団はどこかで一眠りして、夕方になったらまた広場に戻ってくるのだ。彼等の一日は夕方からなのだ。 
 
ラ・ラ・ランド、ジャック・ドゥミ、歌舞伎町広場のチンピラ一団、スケスケワンピースの少女、伊豆の鳥達、はて、私のさえずりはどんな声だったっけな。今日も、見たことのない一日が、始まる。
  

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  2017年6月13日(火)
      最終処分場

  
断捨離が緩慢な速度で進んでおります。進まない、とも言えますが。 
 
オットが取り組んでいたしょうぶ園の赤牛と大蛇のオブジェが完成したと言うので、お昼を食べた後で見に行った。今朝は伊豆新聞が取材に来て、近くの小学生もスケッチブックを抱えてワラワラと見学に来てくれたそうだ。見ればなかなか悪くない出来じゃないか、「73点」をつけてあげた。ますます頑張りなさい。 
 
ちょうど良いタイミングでオットも片付けモードに入ったので、今日は車を出してもらって「最終処分場」へ。ゴミ処理場だ。私の器や雑貨やもろもろ意図の薄いオブジェなど、(私のものを購入して下さったり、気に入って使って頂いている方には複雑な心境になるお伝えかも知れませんよね、ごめんなさい)、ほとんどの在庫を処分。山奥の最終処分場に車が着くまでは怖くなってきてガクガク震えて吐き気に襲われたけど、コンテナ十数個分の自分の分身を「埋め立て」という場所にぶちまけてしまうと、もう振り向くことも無くて、器や雑貨を制作する思考回路も死んだよう。なんにも怖くない。進むのみ。 
 
夜は、早めに外食をすることにして金目鯛のしゃぶしゃぶをつつき酒を飲む。オットは岡本太郎好きなので、赤牛のオブジェの不安定なことや大蛇のオブジェの難しい方法を選んだことなどを語って「迷ったら危ない方を選ぶのが最善だ、と岡本太郎が言っていた」などのたまっている。偶然だが私もそのことを考えていた。安全安心に背を向けるのだ。今、表現を抑えた時点で私の人生は終わったと同じなのだと毎分毎秒考えている。 
 
  

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  2017年6月7日(水)
      幕の内弁当はおかずが一個多い

  
幕の内弁当はおかずが一個多い。それはつまり幕の内弁当はご飯が一口少ないって事で、どこで計算が狂ったのか、最後に鳥の照焼きをおかずに帆立フライを食べることになった。悲しいです。。 
 
都内に幾つか用があったので、伊豆急や新幹線などの移動時間に「ムカデのこと」を書こうと思ったのに、考え事をしてるうちに移動が終わってしまった。 
 
なぜに、ほんのちっぽけなエピソードだった筈のムカデの話をこんなにも引っ張っているのや。土曜日にも長い移動があるので、きっとその時にムカデにチャレンジしよう。もう家のパソコン机に向かってムカデのことばっか書くのに飽きてきたのもある。 
 
新幹線で移動しながら、私はいったいどこに行こうとしているのかを考えていた。自分に方向性が無いから何処へも行けないのだ。かといって、私の生きたい場所に、どんな場所があるのか、よくわからなかったりもする。でも実はチラッと希望が見えていたりもする。でもその前にスランプも見えている。でも、そのスランプが終わるのも見えている。でもでもその前に、家の中も、駐車場も、庭も、グチャグチャなのだ。まずは掃除なのだ。こんまりちゃん(ときめきで整頓する人)によれば、まず洋服を一ヵ所に積んで選ぶことからだそうだ。長い。
  

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  2017年6月4日(日)
      「ムカデのこと」のことのこと

  
「ムカデのこと」はまだ書き終わらないのですが、この「ムカデのこと」は、何についての文章なのか全くよく解らないのだけれど、でもなんだかちょっと面白いので、近々、途中までのものを、ここに載せようと思います。 
 
もう少し時間が掛かりますが、ムカデが苦手な人も、ムカデが得意な人も(いないか)、楽しみに、お待ち下さいませ。
  

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