Title: 稽留流産
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結婚して10年になる年に初めて自然に授かりました。
中学生の頃から付き合っていた旦那とは14年の交際後、27歳で結婚し、当初からすぐに子どもがほしいと思っていました。ところが、この10年間、一時期は不妊治療も受けていましたが全く授かることがありませんでした。この間、周りからは一人目、二人目、時には三人目の報告を受け、心を閉ざしてしまうこともありました。ここ数年は、私が出産することなどありえないんだと開き直っており、辛い妊活は諦めて、旦那とも、40歳頃に縁があれば、養子を迎えいれようかと話していました。
そんな時に、急に具合が悪い日が続いて、「まさかね」と思いつつ妊娠検査薬を使うと、くっきりとした陽性が!!!!これまでに何度検査しても陽性の線はうっすらも出なかったので、幻だと思っていた2本線が、くっきりと!!! でも信じられないという気持ちが強すぎて、素直に大きな喜びが溢れるという感じではありませんでした。 でも、、、嬉しかった。 家族、仲の良い親戚、旦那の家族、みんな大喜びしてくれました。 ちなみに、私には二人の妹がいるのですが、下の妹はちょうど二人目を妊娠していて、8ヶ月。そして、私が病院で妊娠していることを確認して1週間後に、昨年結婚したばかりの上の妹も妊娠していることが判明しました。一気に3姉妹が妊婦になったことで、母親はとても喜んでいました。
最初の受診ではまだ心拍は確認できなかったので、2週間後に旦那と一緒に受診しました。医師がエコーで念入りに調べながら、「まだ心拍が確認できませんね…」と小さな声でおっしゃった声が忘れられません。その直後の説明で、はっきりと稽留流産だと伝えられました。最終月経から数えると9週3日。私の月経周期が40日ほどなので、それを考慮にいれると7週後半。ほぼ稽留流産だと考えて間違いないだろうと伝えられました。
妊娠検査薬の陽性から稽留流産が判明するまで、ずっと信じられないという気持ちが大きかったので、説明を受けているときも、強いショックの感情が湧き起こったというより、ただ呆然と医師の話を聞きながらサラサラと涙が流れてきました。
数日後に子宮内容除去手術を受けて、その翌日、ようやく哀しみが溢れてきました。とても短い夢を見ていた感覚です。つわりは辛かったし、将来ちゃんと育てていけるのかなという不安も抱いていたけど、お母さんになるんだという幸せを感じていた数週間でした。稽留流産と告げられる前日が母の日で、来年は自分もお祝いできるんだな、と。
振り返ると、妊娠期間中にとても特別な出来事がありました。ゴールデンウィークの晴れ渡った、風の気持ちいい日でした。前日まではつわりがあってあまり外に出られなかったのですが、5/4のその日は朝起きると気分がスッキリとしていて、旦那と一緒に軽食を持って1時間程度の散歩に出かけました。普段は滅多に散歩などしないのですが。この日初めて歩いた公園に数本だけ、とても綺麗な濃い紫色のあやめの花が咲いていました。私の名前が彩なので、子どもには莉彩とか紗彩とつけようかなと考えていましたが、このあやめの花をみて、旦那も私もあやめ(彩芽)がいいねと意気投合しました。
その日以降、つわりがみるみる良くなって、5/8にはほとんど気持ち悪さが消えていました。その時は、その症状を深刻にとらえていたなかったけれども、その頃にお腹の赤ちゃんは亡くなってしまったんですね。
今考えると、あの日あやめの花を見たのは3人の最後の時間だったのかもしれません。それか、お別れを告げるために赤ちゃんが導いてくれたのかなとも妄想してしまいます。
あの時のあやめの写真が本当に美しくて、今はまだそれを見ると涙がとまらないけど、落ち着いたらプリントアウトして家に飾りたいな。とても短い間だったけど、お腹の中に宿ってくれてありがとう。とても幸せだった。
心残りは、手術の当日まで実感が湧かず、直接お別れの言葉をかけてあげられなかったこと。お腹の中にあなたがいない今、あやめの写真を見ながら、お空を見ながら、「また戻ってきてね。いつでも歓迎だよ。だから戻ってこれるように、お母さん妊活に向き合ってみるね。大好きだよ。」と告げています。
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