Title: 35週5日 臍帯異常による子宮内胎児死亡
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臨月に入ってからの健診で「もう、いつ生まれてきても大丈夫だねね」と、先生に言われた直後のエコーで、子供の心拍が停止していることがわかりました。 前日の夜から、急に胃を握りつぶされるようなむかつきがあり「おかしいな?」と思っていたところでした。 頭の中は真っ白で、ただただ、お腹の子供と主人に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。
すぐに総合病院で再度検査をしましたが、やはり2度目の死産通告を受け、その後入院。 バルーンと促進剤で、普通分娩で出産しました。
陣痛中は悲しくて、お腹の子供に会うのが怖くて、泣きながらの出産でした。 でも、私がこの子にしてあげられることは、ちゃんと外の世界に出しあげることしかないと思えたので、頑張る事ができました。 初産にも関わらず、安産でした。 原因は、臍帯過長による臍帯絡巻ならびに臍帯過捻転だそうです。 臍帯は、通常の倍以上の1m以上あり、4重に巻いていたそうです。
初めて会うわが子は、とてもかわいくて暖かくて、小さな手で、今にも眼を開けて泣き出しそうでした。 その後、一晩だけ一緒に過ごしました。 背中に保冷剤が入り、だんだん冷たくなっていくわが子を、泣きながら一晩じゅう見ていました。
助産師さんたちが、ミルクを持ってきてくれて、お供えをしてくれました。 ミルクが冷えるとまた新しい暖かいミルクを持ってきてくれるのです。 その心遣いに、また涙が止まりませんでした。
その後、心より先に、身体は順調に回復し、貧血も出血もなく、出産後、一時的に高かった血圧も順調に元に戻り、今は退院して自宅で過ごしています。
あの子は、私たちの中から絶対に消えないから、娘が居た事実はなくならないと主人と話し、写真も遺骨も位牌も残しませんでした。 ただ、きちんと葬儀を執り行い、四十九日の法要も行う予定です。おそらく主人は、形に残るものがあると、私の性格上それにすがって前に進めないと考えたのだと思います。
医者には「原因は臍帯異常だけど、これは、遺伝でも体質でもない。二度おこる可能性は、ほとんどありません」と言われました。 しかし、今回『ほとんどないこと』が自分の身に起きたので、正直不安は消えません。
これ以上悲しみにとらわれていると精神崩壊してしまいそうでした。そのことを主人に話すと、そうなってしまうと俺が悲しいと言われ、出来るだけ事実だけを受け入れ、深く考え込まないようにし、前を向くようにしています。
生きている側の勝手な考えかもしれないけれど、きっとあの子はまた戻ってきてくれると信じています。 その時に「戻ってきたい」と思ってもらえるように、夫婦仲良く。 そして、私の体調を万全に整えて迎えてあげたいと思っています。
まだ、死産報告後、友人などには会っていません。 おそらくこれからたくさんの慰めの言葉や同情の言葉で、傷つくこともあると思います。 「若いからまた出来るよ」なんて、相手の善意を悪意に受け取ってしまうこともあると思います。
これから生きていく以上、人との関わりなしには生きていけないから、少しづつ「日常」に戻していきたいと思っています。 今回の経験で、人生観も大きく変わりました。 出産したのに子供がいない。 薬によって、張らない胸。空っぽのお腹。不安定な情緒。 現実はつらい事ばかりだけど、それでも、生きていかなければいけないということ。 とても悲しい出来事だっただけど、10ヶ月一緒に過ごした時間は幸せな時間だったし、出産を経験して、あの子を抱く事が出来て名前を呼ぶ事が出来て幸せだったと思っています。
世間は『死産をしたかわいそうな夫婦』として私たち夫婦を見るかもしれないけど、私たち夫婦は自分たちの事を『かわいそう』だとはちっとも思っていなくてむしろ『幸せ』だと感じています。
お空に還った子を悲しみ、大切に思うことと暗く沈んで生活することは、イコールじゃないと思うから。 周りになんと言われようと、私たちは前を向いて生きていこうと思っています。
私たち夫婦は次の妊娠を考えています。 次の妊娠が出来た時には、 どうなるか分からないけど… 前回の事があるから… などと、思っていても口には出さないと決めています。 不安だからこそ、言葉に出したくないのです。 周りにはただただポジティブな夫婦と見えるかもしれないけど。 「言霊」を信じているからこそなのです。 ただの「験担ぎ」だったとしても、命の強さを信じたいと思っています。
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