Title: 7週 稽留流産
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昨日、流産の手術を受けてきました。 初めての妊娠でした。
5月6日、生理が遅れていることに気づき、検査してみると、薄い線が出ていました。 翌朝、再チャレンジすると、やっぱり薄い線が出ていました。
急遽、職場にお休みをもらい、産婦人科へ行きました。 先生から「おめでとうございます」と言われても、にわかには信じられない自分がいました。 カンジタが再発しているとのことで、膣剤が挿入されました。
次は4週間後だと先生から言われましたが、看護婦さんから 「カンジタの膣剤があるから、来週も来れたら来てね」と、言われて帰りました。
旦那さんに一報を入れた後、実家に行きました。 その日もらったエコーを見せると、みんな一様に驚いていました。
自宅に戻って旦那さんにエコーを見せると、「小さいなぁ〜。これじゃゴマだ。ゴマ子」といったので、 その日から名前は「ゴマ子」になりました。
5月13日、再診を受けに行きました。 「まだ小さくてわからないから、見ても面白くないよ」と先生から言われましたが、お願いしてエコーを見せてもらえることになりました。 「あれ?小さいなぁ」と、先生。 その時点で胎嚢は10mmあるはずが、8.4mmしかなく。 「一応、流産止めの薬を2週間飲んで下さい」と、 デュファストリン14日分処方されて帰りました。
職場の上司と相談して、念のため仕事はしばらくお休みすることにしました。
この2週間が、とても長く感じました。 葉酸とカルシウムのサプリを飲み始め、妊婦用雑誌を買い、 食事本も買い、なるべく野菜を食べる努力をしました。 胃がムカムカして、あまり食べたくなくても、頑張って食べました。 たまに下腹部がチクチクすることが気にかかりました。
私は、早番や夜勤のある仕事に就いており、夫婦とも残業がある仕事で、食事もままならぬ生活をしていました。 でもお休みをいただいたおかげで、ひとときの休息を得ました。
ちょっと早かったけど、近しい友達にも、旦那さんのご両親にも報告しました。 「おめでとう」の言葉と、お母さんから「大丈夫よ」と、パワーをもらいました。
5月27日の受診日。 旦那さんが「ゴマ子、がんばって」と、出勤前におなかに声をかけてから出かけました。
エコーでみると、2週間前まで見えていた胎嚢が見つかりません。 やっと見つかった胎嚢は、子宮の中で潰れていました。
「今回は残念だったね。でも綺麗に治してあげるから大丈夫」 と言われ、2日後に手術することが決まりました。 血液検査をして、次回の手術の手順を聞いて帰宅しました。
自宅に帰った瞬間、声を上げて泣きました。 旦那さんに、泣きじゃくりながら電話で「ダメだった」と伝えると、すぐに帰って来てくれました。 旦那さんの顏を見ると、さらに泣けてきたけれと、1時間くらい泣いたら、ちょっと落ち着きましたた。
5月29日、手術当日。 旦那さんが休みを取ってくれ、初めて一緒に産婦人科へ行きました。
9時に前処置を受けて、15時の手術まで病室で待機しました。 実家の両親も来てくれて、お腹が痛いのにゲームしたり、他愛もない話をして、気を紛らわしていました。
14時50分 看護師さんが呼びにきて、いよいよ手術の時間。 緊張していたら「寝てる間に終わっちゃうから、大丈夫だよ」と看護師さんが教えてくれました。 意識がもうろうとしながら目を開けると、手術は終わっていました。
お腹はすっきりしていた。あまり痛くない。 前処置の方が痛かった。
「子どもは苦手。自分の子どももかわいがれないのでは?」と思っていました。
妊娠がわかった時も、母としての自覚が全くありませんでした。 妊娠すれば、なんとなく育って、そのうち生まれる・・・くらいにしか考えていませんでした。
流産を伝えられた時、今までにないほど泣きました。 その時、自分はこの子を産みたかったんだと心から思いました。 また、産んであげられなくてごめんなさいと思いました。
この世に赤ちゃんが生まれて出てくるということ。 これって、本当の奇跡なんですね。 奇跡の積み重ねで赤ちゃんが生まれてくるんだ。 誰一人として不必要な命なんてないんだ。 世の中の人、全員が奇跡の存在なんですね。
子宮筋腫がありながらも、私を産み、育ててくれたお母さんに心から感謝します。 そして、私を支えてくれたお父さん、兄弟、旦那さん、じぃちゃん、ばぁちゃん、友達、職場の皆さん、全ての人に感謝します。
このことを私に教えてくれたゴマ子ちゃん。 本当にありがとう。 母としての自覚を持たせてくれてありがとう。 感謝の言葉しか浮かばないよ。 天国に行けば、私の4番目の兄弟の空ちゃんがいるよ。 あと、優しいじぃちゃんもばぁちゃんもいるよ。
ゴマ子ちゃん、安らかにお眠り下さい。 ありがとう、さようなら。
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