Title: 9週 稽留流産
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待望の第二子でした。 一人目を不妊治療の末に授かり、その後、奇跡的に妊娠することができました。
娘が無事に産まれてきてくれたこと、それがもう、とても尊いことだったから、 二人も望むなんてそんな気持ちは私たち夫婦には贅沢だと、 お腹の赤ちゃんがきてくれるまでは、そう思っていましたが、妊娠がわかって、飛び上がるほど嬉しくて。 けれど無事に継続できるのか不安で・・・。
「ありがとう」「よくきてくれたね」「大好きだよ」「一緒に頑張ろうね」 おなかの赤ちゃんに、毎日、そう言っていました。 自宅安静の指示がでていても、色々、つい動いてしまって、 それでも出血がないことだけが救いでした。
検診を待つ待合室で大量出血。 エコーには、黒い影がたくさんうつっていて、まるで赤ちゃんが泣いているようで、胸が張り裂けそうでした。 「お母さんが一緒だよ!頑張ろうね!」 そう祈りましたが、先生からは、赤ちゃんが育っていないと告げられました。
2週間後に手術の予約を入れましたが、私はまだ信じたくなくて、その2週間ずっと、お腹の赤ちゃんに今まで通り話しかけていました。 その2週間は、まったく出血がありませんでした。
2週間後、娘を出産した病院で、娘が産まれる前日にエコーをしてもらった部屋で、手術を受けました。
私は子宮に奇形があって、手術が難しいかもしれないと説明されました。 先生二人がかりで、時間も少し長く、途中で麻酔が切れてしまい 痛い、痛い、という自分の声で何度も目が覚めました。
赤ちゃんの方が痛いかもしれないのに、我慢しなきゃと思っても 気付くと痛いと言っていて 夢が現実かわからなくて、でも痛みだけはリアルでした。 「麻酔を足します」という声を最後に、次に目が覚めたら病室でした。
お隣は産後の方で、なるべく、ご心配をかけないようにしようと思ったのですが、麻酔が切れかかる時に、半分無意識で「痛い」「ごめん」、と、繰り返していて、少しずつ目覚めてからは、うるさくしてごめんなさい、という心で思った事が、つい、声に出ていました。 本当に申し訳なかったです。
麻酔が多かったせいなのか、副作用が酷く、とても苦しかったです。 その中で何度も聞こえる、お隣の方への「おめでとう」の言葉。 本当におめでたい事なんだからと、考えようとしましたが、やはり辛かったです。
家に帰ると、娘が抱きついてきてくれました。 いっぱい我慢していたのかな、と思いました。 娘への愛おしさが増したと同時に、あんなに我慢をさせてしまったのに、楽しみにしていた赤ちゃんと会わせてあげられないことへの申し訳なさもこみ上げてきました。
それから、こんなに愛おしく、大切な娘のことを思うと、お腹の赤ちゃんも、無事に産まれてきてくれたら こんなにかけがえのない尊い存在を胸に抱くことができたのかと、切なくて、切なくて、仕方なくなりました。
娘には心配をかけたくなくて、その日も、今も、普段通り接している自分がいます。 信じられないくらい、いつも通りに振る舞える自分に複雑な気持ちです。
一人になる時間がないせいか、自分の心が、気持ちが、わかりません。 考えるのが怖いのかもしれません。 どうしたら良いのか悩むうちに、こちらのサイトを知りました。
私の子宮は、流早産率60〜80%と言われています。 またこんなに辛い思いをするのかと思うとこれからどうしたら良いのか、自分がどうしたいのかわかりません。
今、たしかに言えることはお腹の赤ちゃんに、親子として出会えて本当に嬉しかった、ありがとう、と伝えたいということです。
ありがとう。大好きだよ。これからも一緒にこの世界の素敵なところ、お母さん、たくさん教えてあげるからね。
いつかこの子にまた会えたら、ぎゅっと抱きしめたいです。
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