++ m.yam 窯日誌 ++

2017年 11月
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  2017/11/18(土)
      Ashok JAIN Gallery
  
NYのロウアー・イースト・サイド「Ashok Jain Gallery」でのグループ展。 
平成23年より制作している生活シリーズ、mixed mediaによるインスタレーション「Someone's Window」を展示しました。 
 
 
Tabasco(誰かの窓 2017) 
 
私が新中野の古い木造アパートに住んでいたのは就職したばかりの20歳の頃で、隣の部屋には独り暮らしのおばちゃんが住んでいた。(当時は「お婆ちゃん」と思っていたのだけど、今思えば今の私の年齢+10才ぐらいのおばちゃん、だったのかなと思う) 
 
仕事にも遊びにも忙しくてあまり家にいなかったから、隣のおばちゃんとも話すどころか顔を合わせる機会も殆どなかったのだけれど、とある日曜日、部屋でゴロゴロしていたら「おはぎがあるからお茶しにおいで」と誘われた。 
 
誘われたと言っても彼女の用件のメインは私への苦情で、「朝早くに階段を駆け下りるな」「深夜に音楽をかけるな」「友達を連れてくるな」などなど、やっと言えたとばかり捲し立てた後「ま、若いもんにそんなこと言っても無理か」と笑った。 
 
沸いた湯を急須に注ぎ、彼女はおはぎを窓際の棚に供えて「召しあがれ」と手を合わせた。そう、あのお勝手の窓際の埃っぽい謎の棚。 
 
神社の護摩札、食器洗剤、お釈迦さま、タバスコ、ご先祖や犬の写真、軟膏、安っぽい土産物のマリア像、殺虫剤、ハンドクリーム。なんでも一緒くたにごちゃっと置かれた奇妙な棚。 
彼女の後姿に私はクスッと笑った。私の座っていた角度からは、彼女がまるでタバスコに手を合わせて祈っているように見えたのだ。 
 
あの甘すぎるおはぎの味をまだ覚えている。甘いのが苦手だったから、歯に沁みるほど砂糖を張り込んだおはぎとの格闘にじんわりあぶら汗が滲んだ。そのせいか、おばちゃんと何を喋ったかは覚えていない。 
 
夕暮れに街角を歩いていて、誰かの窓に目がとまる。磨りガラスの向こうに雑多な日用品が並んでいる。タバスコの赤い瓶を見つけて、隣のおばちゃんの手を合わせ祈る小柄な背中を思い出す。30年も前のあの日みたく、クスッと笑ってみようとする。 
なにかに祈りたくなる時がある。 
タバスコに祈るのも悪くないなと思う。
  

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  2017/7/11(火)
      ベルナールの箱
  
ベルナールの箱  
 
夕暮れ時、工房の押入れに今シーズン初めてのムカデが登場した。まだ5月なのにちょっと早いような気がしたけれど、昼間ケーブルテレビの工事の人が屋根裏に上がって作業をしたから、きっと驚いて下りてきてしまったのだろう。釉薬のバケツが積んである押入れの奥の壁に、アルファベットのCの形で張り付いているのを見つけた私は驚いて体が固まった。そのまま5分経ったがムカデの方も微動だにしない。けれど、だんだんと日が暮れてきて、きっと、夜行性だから、暗くなった途端に猛スピードで動き始めるに違いない。私はなるべくムカデから目を離さないようにしながら、素早く物置き部屋から透明なプラスチックの箱を持ってきた。底辺が30×40センチ程、高さ30センチ程、ディスプレイに使えるかと思ってとってあったものだ。積んである釉薬のバケツを1つどけて、ムカデの真下30センチの位置に箱をセット。壁と箱の隙間にムカデが入ってしまわないように、厚紙を箱の幅よりちょっと短く切って、壁から箱への滑り台みたくなるようにガムテープでしっかり貼りつけた。これで準備は良し。  
 
右手にハエ叩き、左手に殺虫剤。ハエ叩きを振り上げて暫し固まる。手を下ろして深呼吸。意を決して振り上げてみるものの、やはり固まる。手を下ろして深呼吸。再度意を決して振り上げる。固まる。繰り返し。一旦椅子に座ってみたり。そんな逡巡を15分ぐらい経て、ついに私はハエ叩きでムカデをチョイッと突ついて、見事プラスチックの箱へと落とすことに成功した。  
 
急な出来事に大暴れするのかな、嫌だな、と怯えていたのだけれど、ムカデは全く暴れたりはせず、ただ触角をゆっくり下ろしただけだった。取り敢えず安全が確保されたのでホッとした。プラスチックの壁はツルツルしてムカデには上れないからもう大丈夫。猫がムカデの箱を見付つけないように、棚の脇に隠すように置いて仕事に戻った。 
 
翌日、朝から工房で絵付け作業をしていて、ふと「あのムカデはどうすれば良いのだろう」と思った。箱に入っているから危険は無いし、急を要するわけでもないし、面倒くさいし、ま、いっか。取り敢えず思考を目の前の作業に戻して筆を持つ手に集中した。  
 
夕方、また思い出して箱をのぞいてみた。ムカデはなんだってこんなツルツルの所に来てしまったのか、相変わらず触覚を下げてしょんぼりしていた。昨日よりちょっと小さくなった気がする。乾いてるように見える。ふと思いついて仕事で使う水吹きを持ってきて、シュシュッと水を吹きかけてみると、ムカデはビクッとした後、壁についた水滴に口をつけてゴクゴク飲んでいるではないか。喉が渇いていたのだ。  
 
夜、仕事が一区切りした私は、豚モツの湯引きに青ネギとポン酢をかけたのをつまみにビールを飲もうとしていた。「アパートの鍵貸します」を流し見しながら、ふと考えた。ムカデって、何を食べるんだろうか。私はムカデの箱を持ってきて机の上においた。モツの端っこをムカデの顔の近くにポトッと落としてみた。反応無し。だよね、ムカデが豚モツ、食べないよね。 
 
でも数十分後にふと見ると、ムカデは豚モツをムシャムシャ頬張っていた。おぉ!食べた食べた!ほんのひとかけらのモツもムカデにとっては沢山だったみたいで、食べ疲れたムカデは食べ残したモツに寄りかかって、グゥグゥ眠り始めた。ムカデの動向を夢中で見ている自分の、1メートル上空のもう1人の自分の目に気付いて、私はハッとした。私はムカデに豚モツを食べさせて、その様子を嬉々として観察し、手の届く場所には殺虫剤が置いてあるのだ。急にムカムカとした黒い吐き気が込み上げてきて身をすくめた。猛烈な「死にたさ」が襲ってきた。ギューッと目をつぶったらパッと消えてしまえれば良い。このムカデの運命は私の思うがまま。今すぐに殺虫剤を噴射して命を奪うことも、なんら当たり前のことでもあるのだ。 
 
「アパートの鍵貸します」では若き日のジャック・レモンが早送りのようなコミカルな動き。寅さんに出てくる若き日の前田吟にも通ずるお茶目っぷり。クールで渋い男前じゃなくって隙があってちょこまかして可愛い。映画監督ビリー・ワイルダーの映画はいかにも ”ザ・ハリウッド映画” というイメージが強いけれど、その実はホロコーストから逃れる為に亡命してきたハンガリー出身のユダヤ系で、母親は「一緒に亡命しよう」という説得に応じずに残り、アウシュビッツの収容所に送られて殺された。ワイルダーの初期のものは陰惨でグロテスクな映画が多い。徐々にハリウッドカラーの作風に変わっていったが「アパートの鍵貸します」にしてもチャーミングな映画だけれど、どこかシニカルさが漂っている。 
 
幾日か、箱のムカデを眺めて暮らした。猫が時々小突いてちょっかいを出したけれど、ムカデの目にはどう映っているのか、ほとんど気にしない様子だった。プラスチックの上で居心地が良さそうではないけれど、ムカデは歩き回ったり、丸まって昼寝したり、触角の手入れをしたり、深い考察に耽ったり、なんとなくリラックスしているようにも見えた。だけど、ずっとこうしても居られない。土の上を歩いたり虫を捕まえて食べたり、雨に打たれたり日向ぼっこしたり、ベルナールはそろそろ自然の生活に戻った方が良いのだ。ベルナール、と私はムカデに名付けていた。ベルナール・ビュフェ展のチラシが、たまたま壁に押しピンで留めてあったというだけのことなのだけれど、妙にしっくりきた。 
 
昼下がり、私はベルナールの箱を手に家を出た。家のまわりをウロウロした結果、2軒隣の保養所の庭に決めた。もうずっと廃墟のままで人も居ないし、自然に囲まれて良い環境だ。玄関に続く階段の脇の大きな岩の辺りに目的を定めて、保養所の敷地に入っていく。岩の上で箱を逆さにして、ベルナールをスルーッと滑り下ろした。伊豆高原の地盤は4000年前に噴火した大室山の溶岩で出来ていて、なのでどこの敷地の庭石も黒い溶岩ばかりだ。そのゴツゴツした岩の上で、ベルナールはしばらく触角を左右に動かして、さっきまでとは違う場の空気を慎重に読んでいた。 
 
自然に戻ってベルナールは喜んでいるだろうか。私はその場を離れることが出来なくなり、息を呑んでベルナールを見守っていた。するとその岩場へ、チョロチョロと大きな黒い蟻がやってきた。「あ!きっとベルナールは蟻を捕まえて食べるんだ!」どうしよう!心臓が早鐘を打つ。しかし思惑とは逆に、その大きな蟻がベルナールに襲いかかってきた。足に噛み付いて離さない。ムカデは昆虫界の百獣の王ではないのか?さっきまで静かに風の匂いを嗅いでいたベルナールが、今や蟻に襲われて逃げ惑っている。突如目の前で始まった命のコンペティションに私はうろたえた。右手に持った箱の角っこで蟻を攻撃しようか、ベルナールを箱に戻して家へ連れ帰ろうか。そういう訳にはいかない。そういう訳にはいかないのだ。そのうちに、ベルナールは落ち葉の下に潜ったり岩の隙間をくぐったりしながら蟻を振り切って、とうとう私の見えない穴ぐらの奥へと這入ってしまった。ポツンと残されて、しばらく茫然としたが、ずっとここに立っていても仕方がない。とぼとぼ家に帰って箱を洗った。 
 
さようならベルナール。達者で健やかに暮らしてほしい。  
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ベルナールは時間について、随分と伸び縮みするものなのだと考察を終えていた。幼い頃、宙に舞う埃や、軒先に蜘蛛が巣を作るのを何時間眺めていても、ほんの1秒にしか感じなかった。滅多に口をきかないベルナールを大人達は心配した。ベルナールの通っていた幼稚園では週に一度、園児が園長先生の部屋でおやつを食べるという行事があり、ベルナールもその日選ばれた12人の園児と共に園長先生の部屋に招かれた。しかしベルナールにとってその日は、園庭の花壇をぐるりと囲んだ丸い石の裏の模様を、一つ一つ見てまわる筈の日だった。園長先生の指導を受けながら丸めたパン生地が、オーブンで焼き上がるのを待つ合間、園児達は輪になって園長先生とお話をするのだが「ベルナールはお家でどんな遊びをするの?」「ベルナールの苦手な食べ物はなぁに?」など聞かれる時間は、まるで氷の溶けたミルクのように薄く水っぽい時間で、1秒が永遠に感じられ目眩がした。ベルナールはもちろん一言も口をきかなかった。 
 
大人になるに連れて、ベルナールは薄く水っぽい時間のやり過ごし方を身に付けざるを得なかった。世界には幾つもの見えない線が張ってあったし、はみ出さないように歩くのだと暗黙の了解で擦り込まれていった。生きていくことは荒い紙やすりで削られていくようなものだと、体も自然に覚えていった。良い就職が決まり、可愛いマリーと縁談が決まり、生命保険に入り、住宅ローンの申込み書にハンコを押した時、ベルナールは薄い時間に殺される前に死ぬことに決めた。どこをどうやって歩いたのか覚えていない。死に場所を探して歩き疲れ、夕暮れにふと佇んだ。 
 
意識が戻ると透き通った箱の中にいた。どこでもないツルツルした場所に、なぜかベルナールの心は安らいだ。喉が渇けば雨が降ったし、お腹が空けば肉が降ってきた。時折「ニャーニャー」という音と共に小さな地震が起きたが、大して気にはならなかった。好きなだけ宙に舞う埃を眺めていた。1秒だ。しかし次の瞬間ベルナールは足に激痛を感じた。忌々しい蟻が足に噛み付いて離さない。蟻を振り払おうと触覚を振り乱して躍起になっている自分の、1メートル上空のもう1匹の自分の目に気付いてハッとした。ベルナールは悟った。自分は、生きようとしているのだ、と。  
 
 
 
 
  

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  2017/1/29(日)
      個展「でたらめなものさし」
  
魚のお皿、時計。
  

ご無沙汰してます。
DM届きました〜連絡が遅くてごめんなさい。
どれもステキ!!!
魚のお皿、たい焼きみたいでおいしそ〜
中野の森藤 ..2/2 12:27(木)
お〜!ご連絡ありがとう!
追込み作業で窯日誌を開いてなくってお返事遅くてごめんね!
また集う機会を作りたいものだね^^♪
m.yam ..2/5 4:09(日)
>> 返信

 

 
  2017/1/28(土)
      個展「でたらめなものさし」
  
個展への作品。 
連作「in the chinese noodles」から。
  

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  2017/1/21(土)
      でたらめなものさし
  
2月の個展のお知らせ 
 
松屋銀座7階「遊びのギャラリー」 
2/15(水)〜20日(月)10時から夜8時 
2日目の16日(木)は棚卸しの為午後6時半まで 
最終日の20日(月)は午後5時で閉場となります
  

M.yam様
はじめまして、こんにちは。
自由が丘のショップでチャーミングな猫の時計を目にしました時、大変心が温まりました。ぜひ今後の展示会などの情報をDMでお送りいただけますでしょうか?
高瀬由梨 ..1/24 9:26(火)
高瀬さま
はじめまして!メッセージありがとうございます。
自由が丘のha-naさんで見て頂いたとのこと、嬉しいです^^
DMお送り致しますね。
色んなオブジェや雑貨が並びますので是非♪
m.yam ..1/24 10:33(火)
>> 返信






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