Title: 子宮外妊娠
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二人目を望んでから不妊治療に通い続け、 1年半経ってやっとお腹に来てくれた子でした。
長く辛い不妊治療をやっと終えられる安心感と 妊娠できた大きな喜びを感じたのを覚えています。 妊娠判定でも太鼓判を押してもらい、次のステップは胎嚢確認。 なかなか確認されず、子宮外妊娠の可能性もあると言われました。
一人目の時も同じ事を言われたので、 さほど気にしてはおらず、 次の診察には確認できるだろうと思っていました。
それでも胎嚢は確認されず、 念のため血液検査でホルモン値を測りました。 ホルモン値を順調に伸びていました。 しかし、このホルモン値で胎嚢が見えないのはおかしいので、 至急大きな総合病院にかかって下さいと言われました。
次の日紹介状を持って総合病院を受診しました。 その時もまだ子宮外妊娠との診断は受けず、経過観察とのことで自宅に帰りました。
その時点で私は腹痛も性器出血も無かったので、 まさか子宮外妊娠だなんて思ってもいませんでした。 ただただ不安でしたが、 まだ胎嚢が確認できないだけだと思っていました。
疲れたので少し横になって仕事に向かおうとしたら、 急に右腰が痛くなり、そのまま右脇腹に激痛が走りました。 子宮外妊娠だと下腹部痛が起こると思っていたので、 暫く痛みに耐えたものの、痛みは増すばかり。 近くに住む母に電話して病院に連れて行ってもらいました。
朝とは違う医師に診察してもらい、 右卵管部分に卵管組織や卵巣組織とは違う構造物があると言われました。 これが本当に子宮外妊娠なのかどうかは お腹を開けてみなければ分からないと言われたので、 そのまま緊急手術になりました。 手術をするためにレントゲンを撮らなければならなかったのですが、 もしも子宮外妊娠じゃ無かったら赤ちゃんに影響が出るんじゃないかと心配していました。 一方で、妊婦にレントゲンを明かされるってことは妊娠継続はできないからなんだろうなと冷静に思っている自分もいました。 まだお腹に赤ちゃんがいるのに…諦めろと暗に言われているようで凄く辛かったです。 手術のための検査や準備が慌ただしく終わり、 病院に来て1時間後には手術台の上でした。
子宮外妊娠ではありませんでした。
そう言われる事を願い、麻酔で眠りました。
名前を呼ばれる声で意識が戻った頃、 やはり子宮外妊娠でした、と告げられました。 右卵管部分に着床していたので、右卵管を切除しましたと。 後で聞いた話だと、お腹の中で大量出血を起こしており、 私の命も危なかったそうです。 なぜ救急車を呼ばなかったのかと怒られました。
妊娠が分かって1週間後の出来事でした。 1週間でお別れした命。 あの子が私のところに来てくれた理由はなんだったんだろうかといつも思います。 ただ、妊娠が分かってからの1週間はとても幸せでした。 息子は大好きな抱っこを我慢しながらもお兄ちゃんになると喜び、 主人と4人家族で過ごす未来を楽しみにして… 本当に本当に幸せでした。 こんなに幸せな気持ちにしてくれたのは、 誰でもない、お腹に来てくれたあの子でした。
今月から私は不妊治療を再開しました。 妊娠したクリニック。 もう来るはずはないと思っていたのに… 何も変わらない病院の景色に無性に悲しくなって、 私だけ前に進めず同じ場所にいる事に辛くなることがあります。 同僚の妊娠発表に私も今頃は同じ立場だったのにと思っては、 失った悲しみがまたこみ上げてきて、辛くて涙する事もあります。 いつ心の整理ができるのでしょうか。 時間が解決してくれるのだと思いますが、 なかなか前を向くことができません。
また出口の見えない長く辛い不妊治療が待っているのかと思うと、 気持ちがもちません。
また赤ちゃんは私達のところに来てくれるのでしょうか。
お空へ行った我が子へ
元気にしていますか。 お友だちと仲良く過ごしているかな。 突然のお別れでお母さんはまだあなたを失った悲しみを乗り越えられていません。 まだまだあなたを思い出しては泣いてばかりです。 こんなお母さんだけどお空から見守っていてね。 いつかあなたの元に行ける日が来たら たくさんたくさん抱きしめたいです。 それまではお母さんやお父さん、お兄ちゃんを温かく見守っていて下さい。 短い間だったけど、幸せにしてくれてありがとう。 いつまでもずっと大好きだよ。
お母さんより
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