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   妊娠8週 稽留流産   
   人工死産   
   36週 子宮破裂   
   30週 子宮内胎児死 ....   
   胎児水腫 25週 死 ....   
   34週6日 原因不明 ....   
   2度の流産   
   16週 稽留流産   
   無題   
   18週5日   

Name: アイヤル    ..mesh.ad.jp
Date: 2015/07/16(木) 12:52
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Title: 妊娠8週 稽留流産    
35歳、初めての妊娠でした。
7週で心拍確認、その足で母子手帳を取りに行きました。
エコー写真に小さく映った赤ちゃんが、自分でも不思議なほどに可愛くて、愛しくて、お腹の子に話しかける日々。

翌週の検診で、心拍が見えない。成長が止まっている。覚悟してください。と、言われた時には、こういう事もある、と静かに受け止める一方で、とても信じられない!とパニックを起こしそうな自分がいました。

淡々と医師の説明を聞き、手術の予約をして、家に帰ってからとにかく思いきり泣きました。
ああ、こんなに辛いなら、もっと冷静でいればよかった。まだ胎児とも呼べない存在と割り切れれば、どんなにいいだろう。

お腹の子に話しかけるのを自分に禁じて、まだ意識もない胎芽なんだから、自分の思いは妄執なんだと、切り捨てようとしました。
今思えば、悲しみに蓋をしようとしていたのだと思います。

そんな私の背中をそっと押してくれたのは、セカンドオピニョンを聞きに行った、個人病院の先生でした。
とても時間をかけて、丁寧に診てくれて、残念ながら赤ちゃんの心拍はやっぱり消えていたけれど、納得することができました。
なにより、持参したエコー写真を「見せてくれてありがとうございます」と大切なものを扱うように手渡してくれて。
胎芽とか、成長の止まった卵ではなくて、大切な赤ちゃんとして扱ってくれた気がして、本当に嬉しかった。

帰り道は赤ちゃんへのごめんねの気持ちと、安堵で涙がとまりませんでした。手術までの日々を、今まで通り話しかけて、歌を歌ってあげて、幸せに過ごすことができました。
赤ちゃんは沢山のことを私に教えてくれました。
一緒に過ごした時間は、悲しいけれど、幸せな幸せな思い出です。

赤ちゃん、ありがとう。
そして先生、悲しみと向き合わせてくれて、ありがとう。





Name: なお    ..spmode.ne.jp
Date: 2015/06/28(日) 22:23
  返信  引用  編集 
Title: 人工死産    
ずっと遅れている生理は仕事の忙しさからくるものとばかり思っていましたが、まさかの三人目妊娠。
凄くビックリしましたし、とても心配でした。
なぜなら私の子宮は二人目を生んだとき、前置胎盤による特殊な帝王切開を受けたせいで、子宮の上部に欠損があるからです。

出産に際しては、ハイリスク外来に通い、妊娠6ヶ月から管理入院。
32週から34週の間で、予定帝王切開だと言われました。
しかし、そこまで子宮が持つかさえわからないとのこと。
持てば万々歳、持たない可能性が高い。
持たないといううことは子宮破裂です。
子宮破裂すれば、胎児はもとより、母体死亡の可能性もあります。私の子宮の欠損部分はそれほど薄かったのです。

上に2人も子供がいる。今わたしが死んだら・・・。
生まれてきたばかりの子を残して、私がいなくなったら。
それを考えたら苦渋の決断でしたが、可愛い可愛い我が子を諦めなければなりませんでした。
お腹の中ではとても元気で、悪阻もあったし週数通りの成長をみせていた赤ちゃん。

何度も夫婦で話し合い、決心したことですが、涙が止まりません。
このまま妊娠継続しても普通に生まれてきたんじゃないか、元気なはずの我が子を手放してしまった、と、悔やむ毎日を送っています。
もう私には次の妊娠ができるという選択肢はありません。
ただどんな結果になっても赤ちゃんのかおをみたかったなという思いがなかなか消えないのです。





Name: やえママ    ..so-net.ne.jp
Date: 2015/06/27(土) 00:53
  返信  引用  編集 
Title: 36週 子宮破裂    
2013年8月6日
我が子の顔を見られた日でした。
すでに息はなく、子宮破裂のため帝王切開で取り出された出産でした。
もうすぐ3回忌を迎えます。

凄まじく苦しい日々でした。
今もあまり苦しさからは抜け出せていません。
でも、我が子の写真に、毎朝、おはよう、行ってくるねと言って仕事ができるようにまではなりました。

でも妊娠を知っている会社に戻って、どんどん周りが出産して、戻ってきて子供の話をするので、やはりもう辞めようかと思っています。
10年も働いた会社を辞めるのは勇気がいりますが、これ以上のストレスは受けたくなくて。

子宮破裂の原因は、妊娠前に子宮筋腫で開腹手術をして、子宮に傷痕があったからです。
一度でも子宮を傷つけてしまうと、切った場所は厚みが一生回復しないため、普通の人より何十倍もリスクが増えます。
帝王切開も二度か、三度までと言われるのはこのことからです。

そして、陣痛中以外での子宮破裂の症例の掲載が、ネット上に少ないのは、残念ながらお母さんも出血多量で亡くなった例も多いので、個人の意見も書けず、あまり知られていないせいではないでしょうか。
胎盤剥離や、18トリソミーは例が多く、ご存じの方も多いと思います。

私は子宮破裂していたのにかかわらず、タクシーがつかまらなかったので自分で運転していったくらいに痛みが途中で無くなりました。
我が子が、ママだけは…と守ってくれていたようで、出血が少なかったようです。

出産をしていく友人達とも疎遠になっていき、仕事辞めたら、仲良かった仕事仲間とも会わなくなっていくでしょう。
負のスパイラルに落ちて行くようで、悲しみから抜け出せない人生をずっと過ごしていくのかと思うと我が子も悲しむので新しいことをたくさんしています。
資格の勉強だったり、ジムに通ってみたり、途中でやめたとしてもそれでもいいと思ってやってます。

また10年くらいしてこのサイトを思い出したらのぞいてみます。





Name: haruto    ..warabi.ne.jp
Date: 2015/06/25(木) 16:09
  返信  引用  編集 
Title: 30週 子宮内胎児死亡    
6月12日に息子を死産しました。
前の週の健診までは元気に動いていました。
日曜日から胎動が大人しくなり・・・心配でしたが、今までも胎動は激しい方ではなかったので、翌日になってから病院に電話しました。

電話のあとすぐに病院にいきましたが、既に心拍が確認できませんでした。
今でも後悔しています。
もっと早くいけば助かったのかと、自分を責めています。

旦那は子供好きで、毎日、お腹に話しかけていました。
親も初孫を楽しみにしていました。
申し訳なくて本当に辛いです。
でも、あの子がまた戻ってきて来ると信じて生きていこうと思います。





Name: Haru    ..spmode.ne.jp
Date: 2015/06/18(木) 00:05
  返信  引用  編集 
Title: 胎児水腫 25週 死産    
2人目の妊娠で、息子の育児に追われながらの妊婦生活。
1人目の時よりもお腹の子の事を考える時間は少なかったのかもしれません。

特に問題もなく安定期を迎える事ができ、このまま順調に過ぎて出産するものだと思っていました。
女の子がいいなとか、息子はどんなお兄ちゃんになるのかなとか、家族4人の幸せな未来ばかり思い描いていました。

7ヶ月健診の日。
今日こそ性別が分かるかな?と、ドキドキワクワクして待っていましたが、診察室に入ってエコーが始まると、すぐになぜか先生が別の先生を呼び、バタバタし始めました。
「胎動はありますか?」とか質問された気がしますが、何か異常事態なんだと感じて頭の中はパニックでした。

難しい表情でエコーを動かす先生と、いつもと様子が違う赤ちゃんを見て、だんだん血の気が引いていくのが分かりました。
「赤ちゃんがすごく浮腫んでいて、肺に水も貯まっています」
訳が分かりませんでした。
自分の事だとは思えなかったんです。
やっとの思いで口から出た質問は、
「心臓は動いてるんですか?」でした。
「心臓はまだ動いてますが、おそらくこのまま育つ事は難しい状態です」
私の中で何かが崩れ落ち、絶望感に襲われ、一気に涙が出てきました。
大きな病院で詳しく検査してもらうよう説明を受けながら、何も受け入れられずただただ泣き続けました。

その日のうちに詳しい検査を受けました。
結果は同じく、胎児水腫で状態もかなり深刻であり、このまま心臓が止まるのを待つしかないとの事でした。

帰りの車の中で主人も運転しながら泣いていました。
それがまた、辛かった。
それから2、3日はこれが現実だとは思えず、眠るのも怖かったです。
明日になれば、これは夢だったんだってことないかなと毎日強く願いました。
でも、こんなリアルで長い夢がある訳もなく何度目が覚めてもこれが現実でした。

それから、明日心臓が止まるかもしれない恐怖の中で、夫婦で病気について色々調べ、胎児水腫の胸水を抜く手術ができる病院を見つけて、もしかしたらこの手術ができれば水腫がなくなるかもしれない・・・と、小さな希望を抱いて遠くまで足を運んでみましたが、やはり結果は同じでした。

病院での説明は、毎回、死の宣告を受ける気分でした。
ここまでくると大分落ち着いて説明を聞けるようになっている自分がいました。
羊水過多でお腹は臨月のように大きくなり、いつもパンパンに張っていてほんのわずかしか胎動を感じる事ができず、それも悲しかったです。
そのわずかな胎動を感じてあげる事、話しかける事、精一杯愛してあげる事、お腹の中で苦しくても頑張って生きようとしている我が子に、してあげられる事はそれしかありませんでした。

我が子を助けてあげれず、親としてこんなに辛い事はありせん。
病気が見つかってから2週間程経って、ちょうど梅雨入りした日に行った診察で、赤ちゃんはお腹の中で亡くなっていました。
まるで私の心の中のように雨が降り続けました。

その日から入院して、子宮口を開く処置を受け、翌朝から促進剤を開始し、それから3時間半程で出産しました。
処置から陣痛、出産までの間、恐怖と痛みと辛さで本当に逃げ出したかった。
一人目の時と全く同じお産方法でしたが、息子が産まれた時とは真逆で、産声もなく笑顔もなく私の悲しい泣き声だけが響きました。
それでも我が子に会いたい、抱っこしたい!という気持ちは同じでした。

出産してから「女の子ですよ」と言われ、この腕に娘を抱いた瞬間心から幸せを感じました。
私の腕の中で静かに眠る小さな小さな赤ちゃん。
可愛くて愛しくて本当に嬉しかった。
水腫で全身が浮腫んでいて、どんなに苦しかっただろうと思うと、「ごめんね、きつかったね」と、涙が止まりませんでした。

それでも不思議ととても穏やかな表情で、少し笑ってるようにも見える娘の顔に心が救われました。
退院も早く、あっという間に火葬となり娘とのお別れは風のように過ぎました。
突然お骨となり小さな骨壷に入ってしまった娘。
死産から2週間経ちましたが、その喪失感は心にぽっかり穴が空いたような、まだ実感がないようなそんな日々です。

娘の心と共に強く生きていこう!と思ってはみても、実際は明るい未来が描けず、日常に戻る事への不安が広がる毎日。
主人と息子がいてくれるからどうにか自分を見失わずに立っていられるけど、娘を失ってこれから前を向いていけるのか。
それでも、娘の為にこの試練の先へ進む努力をしたいと思います。
そこに必ず私達家族が幸せになれる未来が待っている事を信じて。





Name: ポポ    ..home.ne.jp
Date: 2015/06/10(水) 19:10
  返信  引用  編集 
Title: 34週6日 原因不明 死産    
2015年4月30日
可愛い可愛い宝物を出産し、可愛い可愛い息子と会えました。

でも、その時息子はもうすでに息もせず、鼓動もなく、ただただ、眠っているだけの息子。
産声も、お目めをあけた顔も聞けず、見れず。

抱きしめ、ただただ愛してるとママにしてくれて、ありがとう。
お願いだから、生き返って息をして、泣いて産声をあげてとしか願えず、ずっと、見つめていました。
私に似たお鼻、お手て、ほっぺた、髪の毛の濃さ
旦那似のシャープなあご周り、お目め、おでこのかたち、足の形
本当に私たちの子供なんだなと思いました。

可愛かった、かわいくて仕方なかった。
新生児は百面相と言うように、退院する前に息子にあったら
むくみが治まってて余計パパに似た。
ずるいよ。
そんなされたら離れられないじゃん。

息子は子宮内胎児死亡。原因不明。
なんでうちの息子なのか
こんなに愛しくてやまないうちの息子なのか。
なんで、私は生かされてしまったのか。
私の心臓あげるから、息子を生き返らせて欲しい。

可愛くてしかたない息子

1ヶ月経った今でも癒えないこの気持ち。
ぽっかり空いた気持ち。
すべて、すべてが息子のために生きていた9ヶ月。

愛してやまない大好きな息子。
出来るなら、息子のところへ行きたい。
でも、そんなの喜ばないだろうと分かっている自分。
ママ、そんな強くないよ。
助けて欲しい。
でも、誰も助けてくれない。

どうすることが良いのかもう分からない。

ただただ、愛してやまない可愛い我が子、二度と還ってくることは無いんだ。

誕生死って戸籍にも残せない、
生きてたのに、お腹で激しく動いてたのにね。
確かにいたのにね。
この世にいたと言う形跡を世間は許してくれないんだよ。
戸籍に残したいよ。息子は居たんだって、認めて欲しいんだ。

ただ、愛おしい息子はこの世にはもういません。
二度と抱くことは出来ません。
会いたい。それだけです。





Name: rw    ..ocn.ne.jp
Date: 2015/05/28(木) 15:07
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Title: 2度の流産    
2度目の流産をしました。

2回とも心音が確認された後でした。

私の周りには、流産経験者が少なく、話せる人があまりいません。

経験していないと、やはり気持ちはわかってもらえないですね。

励ましてくれているのでしょうが、その言葉が逆に傷つきます。





Name: よひママ    ..rev.vmobile.jp
Date: 2015/05/28(木) 11:55
  返信  引用  編集 
Title: 16週 稽留流産    
仕事と2人の育児に全力投球の日々のなか、3人目の妊娠が分かりました。
予定外でしたが、三兄弟の夫や義母は大喜びで、色々と手伝ってくれました。
ただ、今回は今までの妊娠にはなかったつわりがきつく、茶色のおりものもありましたが、2人目の時もあったので気にしていませんでした。

順調でしたが、咳が酷くでることがあり、
しかし、これも今までの妊娠で大丈夫だったからと調子に乗っていました。

5ヶ月直前の検診、順調なんで助産師外来を選んで問診後のエコー検査。
実母もいました。
エコー中、笑顔の助産師の顔が曇り検査技師も来て、医師の診察に変わりますと言われました。
ちらりと見えた我が子は、止まっていました。
1か月前の4D画像では元気に動いていたのに。
体中の血の気が引きました。

医師は「結論から言うと二週間くらいまえから心臓が止まっている。染色体異常の可能性が高い」といっていました。
桜の時期でした。
入院前にお兄ちゃん、お姉ちゃんが棺に入れる桜を用意してくれました。

入院して子宮頸管を広げる手術が痛かったけど、陣痛が来て、今までのお産みたいに産ましてくれました。
火葬して、お骨も残ってくれて納骨もできました。

産休がおわり、もうすぐ仕事復帰です。
今でもあのときの咳が駄目だったのか、調子に乗って無理していたのか、と考えます。
三人目は、今は考えられないですが、ゆっくりと回復していこうと思います。





Name: 蒼ちゃんのお母さん    ..c-able.ne.jp
Date: 2015/05/24(日) 23:47
  返信  引用  編集 
Title: 無題    
先週、赤ちゃんが1週間前と同じくらいの大きさで育っていないこと、心拍が見えないことでおそらく流産と言われました。
明日入院し、明後日手術です。

最初は、まさか自分がそんな宣告を受けるなど思いもよらず、悲しみでいっぱいになりましたが、
周りの人の支えでなんとか冷静を取り戻し、
一緒に居られる残りの日々を母として噛みしめようと気丈に過ごしましたが、
赤ちゃんがお父さんとこの家で過ごせるのは今日で最後かと思うと、涙が溢れて止まりません。

私が次にこの家に帰って来る時には、もう赤ちゃんは居ないんだと思うと、寂しくて寂しくて、なぜこうなってしまったのか、赤ちゃんに申し訳なく後悔と自責の念で眠れません。
育ってなくても離れたくない。

8週の手前で育つことをやめてしまい、まもなく10週目に入りますが、未だに出血もなく静かに私のお腹に居てくれる我が子。
産めなくてもいいから、できることならずっとお腹に居て欲しい。
愛しい赤ちゃん、離れたくないよ。
こんなに辛いことがあるなんて…。

明日の最終診断で奇跡が起きて、しっかり育っているのではないかと、わずかな望みは捨て切れません。
せめて夢でもいいから会いたいよ。





Name: まりなママ    ..au-net.ne.jp
Date: 2015/05/23(土) 23:57
  返信  引用  編集 
Title: 18週5日    
4人目の妊娠がわかったのが、7月のこと。
上の子たちも、夫も大喜び!
家計も楽ではないので、パートにでながらの妊娠生活。
上の子たちの時は、特に異常もなかったので、今回も大丈夫!と思ってました。

妊娠4か月目あたりから腰痛に悩まされ、あまりの痛さに寝不足になることもありました。
ネットで検索してみると、妊娠初期にはよくあること。だったので、特に気にしてませんでした。

4か月後半あたりに高熱と腰の激痛。
すぐ病院にいきました。
「腎盂炎」でした。
抗生剤と張り止めをもらい、1週間ぐらいで熱もおさまりました。しかし、お腹の張りが1時間に5回。あまりにもおかしいと思い、病院へ行くと。子宮頸管は3センチ。
「おそらく腎盂炎の菌がまだ残って、張張っているのでしょう。抗生剤を引き続き飲んでください」
それから3日間、1時間に5回の張り。
心配になって、再診を受けるも、「子宮口もしっかりしまってるので大丈夫ですよ」と、言われたので安心していました。

そして5か月に入って5日目の朝、お腹痛いなぁーなんて思いながら出勤の準備をしていると、急にトイレに行きたくなり、
だけど間に合わず、同時に、つい先ほどトイレに行ったことを思い出して・・・。
確認すると妊娠してから初めての出血。もしかして破水?
「破水したかもしれないんですけど、どうしたらいいですか?5か月です」と、電話にでた看護婦さんに伝えると
「5か月だったらまずありえないと思いますけど、心配だったら念のため検査してみましょうかね。一度きてください」と。
たぶん大丈夫だろうなんて思いながら、逆にパパを気遣っていた私。
病院について、エコー検査。
いつも、結構流れ作業的な感じな先生だけど、エコー見た瞬間「あかんわ!羊水がほとんどないわ!内診行って!」
え?何?確かに一瞬だけ見えたエコーで黒い部分がない、まさか私に限って・・・。

内診で「卵膜が破れとる。これ見て!これが卵膜」
なんか透明の膜みたいなものを先生がつまんでいた。
だから何?大丈夫だよね?
そこで初めて、頭が真っ白になった。
先生から「破水してもて、羊水がほとんどないみたいで、膜も破れてもとるから今回は諦めなあかん。どこの病院に行っても同じやわ。残念やけど今回は、諦めなあかん。」
パパも待合室から呼ばれ、同じ事を先生から言われました。

訳がわからないまま、看護婦さんに言われるままに着替えを済ませ、陣痛室に連れて行かれ、いろいろ質問されて淡々とそれに答える私。
先生がきて、「陣痛おこす薬いれるからねぇ」
陣痛室に戻って、やっと事の大きさに気づきました。
涙が溢れて、止まらない。パパも一緒に泣いてました。
なんで?夢なの?
今までこんな事なかったのになんで?徐々に懐かしい陣痛の痛みが。

促進剤を何度か入れた後、午後5時半、お腹の赤ちゃんが一気に下に下がった感覚がはっきりわかった。
痛みがほとんどなくなった。
看護婦さんに内診してもらい、分娩室に連れて行かれ、いきんでって言われた。
痛みもかなり軽い。
こんなんでいきんでも意味ない!なんて思いながら、何回かいきんでみた。
出てくる感覚なんてほとんどないのに、看護婦さんが「赤ちゃん出てきたよ!もう少し!」先生も間に合わず出産。
すぐに私の処置。
子宮洗浄が何よりも痛かった。
赤ちゃんは?会えるの?でも、怖い。会いたくない。
パパには、事前に看護婦さんが会われますか?って聞いてたみたいで、処置が終えてから、小さな白い箱に私たちの赤ちゃんが眠ってた。
ちゃんと人間の形をした、長男にそっくりな男の子。
その瞬間に死産した事を実感した。
悲しくて悲しくて、どうしようもなく泣き続けた。

上の子たちを実家に預けてパパに泊まってもらって、外が明るくなるまで赤ちゃんを想って泣き続けました。
本当にごめんなさい。
もう少し安静にしてれば、あの時、先生にちゃんと伝えられていれば、後悔しかなかった。

翌日退院。
師長さんに「誰のせいでもないからね。神さまにしかわからないことだから。自分を責めたりしないでね。今は悲しいけど、きっとまた、赤ちゃん戻ってきてくれるからね。」と言われました。
とにかく、淡々と返事をして、赤ちゃんと一緒に帰宅。
市役所にもいかないといけないので、ゆっくりできる時間もなくお家に赤ちゃんを置いてパパと市役所に行き、手続きを済ませ帰宅。そのまま、指定の火葬場。
赤ちゃんを助手席で抱きながら、着くまでずっと泣いていました。
火葬の時間になり、最後のお別れ。
一昨日までお腹にいた小さな赤ちゃん。私の赤ちゃん。
ちゃんと産んであげられなくてごめんね。
お空に行ったら、私たちの事見ててね。
私たちは、絶対に忘れないからね。
おにぃちゃんそっくりだったよ。
今は、ママもパパも寂しくて泣いてるけど、きっと元気になるからね。
ママとパパのところにきてくれて本当にありがとう。愛してるよ。

「まだ小さいので、骨は、残らないのでこのままお帰りください」との事でした。
職場には、なんとか連絡を入れて、少しの間お休みをもらいました。
こんな時でもお腹は、すくんだなぁなんて思いながら、軽く食事を済ませ、帰宅。
それから数日間は、出産した時の感覚が頭から離れず子供たちを寝かせてからは、泣き続けました。
唯一の証のエコーの写真みながら、泣きました。

立ち直るのに時間はかかるかもしれないけど、今は、あなたの事を思いながら泣かせてくだい。本当に愛してるよ。






 
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