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   流産3回   
   流産3回   

Name: ちぃ。    ..bbtec.net
Date: 2005/04/12(火) 22:10
     削除 
Title: 流産3回    
結婚してもうすぐ1年半になります。これまでに3回もの流産を経験しました。

1回目は2003年11月。2回目は2004年5月。そして今回3回目の2004年8月。

過去2回は、尿検査では陽性になるものの胎嚢は見えないまま出血。喜ぶ間もなく、2回とも病院に行って3日以内にすごい量の出血と下腹部痛がありました。「この出血が止まったら、次は頑張りましょうね」と言われただけで、処置の必要もないくらいでした。
ただ、2回目が確定したとき「2回続いてしまうのは珍しいことだよね。心配だったら簡単な検査してみるから、生理が終わったら来て」と言われました。私は3回目は大丈夫だよ、と高をくくり、予約をしたわけじゃなかったので検査をすっぽかしました。今となっては後悔。

そして3回目。検査をすっぽかしたので、前回までとは別の病院に行きました。どこかで今回は大丈夫という自信があったし、初めて胎嚢も確認。4w後半〜5wに入ったくらいとのこと。友達にも妊娠報告のメールを送り、おめでとうメールももらいました。気分は完全に妊婦。毎日お腹を触っていたし、旦那と一緒にお腹に話かけたりしていました。

でも自信の裏でどこか出血を恐れて、必要以上にトイレに行って出血していないか確認していました。「あぁ、よかった、まだ大丈夫だ」こう思うためにトイレに行きました。旦那も「そんなに神経質にならなくても平気だよ」と言ってはくれましたが、その時の私は何かにとりつかれたみたいにトイレ!トイレ!でした。

胎嚢を確認できた日から10日後、恐れていた出血。静かにサラッと出てきました。自分でも驚くほど冷静に対処して、ベットに横になりました。でもしばらくすると全身から変な汗が出てきて、体が心臓になったみたいにバクバクして、落ち着かない。急いで病院に電話して、1人でタクシーに乗り病院へ。初期に内診で子宮を刺激するのもよくないんだよ、と言われながら診てもらいました。すでに胎嚢は小さくなっていました。8mm→5.9mm。内膜も出口に向かって動いている・・・「普通なら小さくなることはまずないから、今回も・・・」とりあえず、希望は捨てずに1週間様子を見ましょう。お風呂もシャワーだけにして、ひたすら安静にしてといわれて帰りました。

帰り道は、泣きながら旦那に電話しました。「ベィビーがいなくなっちゃったよ。」
「うそ、まじで?」それが旦那がその時に言えた精一杯の言葉だったと思います。
「できるだけ早く帰るようにするから」と言って電話は切れました。帰宅した旦那の顔を見るなり号泣。出勤する時はお腹に向かって「パパ頑張ってくるよ〜」とお腹に言って家を出ていったのにね。何時間も旦那にごめんね、守ってあげられなくてごめんねといいながら大泣きました。
「このまま子供ができなくて、ずっと2人だけの生活になったらどうする?」
という質問を旦那にしたら、「子供目当てで結婚したわけじゃないよ、ちぃがずっと一緒にいてくれたらそれでいいよ。」この言葉を聞いてさらに号泣。この人が旦那でよかった。

出血は1週間で止まりました。これまでの経験から、出血のしかたも今までのものと同じだったので今回もだめだった、とわりと早い段階で確信していました。案の定、1週間後のエコーには何も映っていませんでした。尿中の数値も感度以下に下がっていたので、手術も必要なくなりました。

3回目ということなので今回は不育症の検査をしっかりしてもらいました。結果、「高プロラクチン血症」であることがわかり、これからは薬でそのホルモンの働きを抑えながら次の妊娠を待つことになります。私が流産を繰り返していたことには原因があってのことだったとわかってなんとなくすっきりしました。次の妊娠にも前向きに待つことができるようになりました。

今回、私がある知り合いにこういうことを言われました。その人も過去に何度か流産と中絶の経験があるそうです。「どんな赤ちゃんも、運命と使命を背負って誕生するんだよ。
無事に生まれた子はそれが運命。障害を持って生まれた子もそれが運命。障害の子を育てるのも親にとっては運命だし、使命でもある。それは誰にも変えることはできないから、親はそれをしっかり受け止めてあげることが大切だよ。ちぃの場合は、きっと原因がわかるのに検査を受けなかったから、今回の子はそれを教える運命にあって、その使命を果たしていったからいい子だったんだよ。すべては運命なんだから、あの時これをしなければ・・・って後悔しても結局どんな手を施しても、産んであげられない子だったんだよ。」

そうだ、前向きに、前向きに。私の場合は今回も妊娠し、流産してことで原因がわかった。確かに流産は体も精神的にもかなりダメージを受けますが、検査するきっかけになったのは、あの胎嚢だけだったベィビーが来てくれたおかげですもんね。辛い経験をしたからこそ、その次に来る喜びは大きいと思いますよ。ここに来た辛い経験をした全員が、今度はうれしい報告ができると信じて、前向きに生きましょう。

(掲載日:2004/10/3)





Name: めりー    ..bbtec.net
Date: 2005/04/12(火) 22:09
     削除 
Title: 流産3回    
結婚2年目でやっと妊娠できたにもかかわらず、心拍が確認されないまま稽流流産してしまいました。妊娠すれば、簡単に赤ちゃんが生まれると思ってたので、流産ということを受け入れることが、なかなかできませんでした。

その後、不妊検査を受け、夫婦とも悪いとろこがないということで、2〜3年間は自然にまかせていました。35歳を目前にした時、人工授精を4回受けましたが、クロミッドの副作用で妊娠にはいたりません。そして今年、不妊専門病院に転院し本格的に治療をすることにしました。体外授精は撃沈し、凍結胚移植は陽性反応でしたが化学的流産になってしまいました。37歳という年齢と、高度治療の費用の高さに、限界を感じました。

とりあえず、1周期様子をみるため治療を中断したその周期に妊娠反応がありました。
1回目の流産から7年目で、自然妊娠したのが信じられず、うれしさ半分、不安が半分でした。当初から、腹痛と出血があったので、早くから病院で診てもらっていましたが、胎のうが見えないまま流産してしまいました。妊娠周期6週目と3日目に、自宅のトイレで、激痛と一緒に白い袋のような塊が血とともに出てきました…。

妊娠反応から、たった2週間の妊婦生活でしたが、今回自然妊娠できたことを“糧(かて)”にして、これからも頑張っていきます。

(掲載日:2004/10/3)



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