++山根一男の徒然日記++
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3月 31日(木) カタクリの花咲く頃…熱い日々が…
3月 28日(月) 亀谷 光(かめがいひかる)氏不出馬
3月 26日(土) ぎふ清流国体可児実行委員会 設立総会
3月 25日(金) 三月議会終了 TPP論議
3月 24日(木) 震災情報(SIC市民活動情報センターより)
3月 23日(水) 27日に西可児駅周辺を美しくする会【告知】
3月 22日(火) 予算特別委員会で波乱
3月 20日(日) 第16回行方不明者捜索活動
3月 19日(土) 明日、未踏の木曽川左岸へ
3月 17日(木) がんばろうNIPPON
2011年 3月
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 2011年3月13日(日)
 大艱難
 未曾有の大艱難が日本を襲った。この地域で、一昨日のあのめまいを起こしそうな不気味な揺れが、ここまでの災害になると誰が想像したであろう。 
 
 被災された皆さんには心からお見舞い申し上げます。ただ、現状では被災された方がどれくらいいるかも分らない状況である。全国民がTV等の報道に釘付けになっている。 
 
 間違いなく東北地方太平洋沖地震は、日本にとって関東大震災や太平洋戦争以来の危機的な状況をもたらすだろう。おそらく犠牲者は数万人に及ぶだものと思われる。 
 
 思い出すのは、阪神淡路大震災だ。思えばあの震災を境に、私の人生も変わり、今がある。あの時私の職場は大阪市内であり、住んでいたのは吹田市で、ほぼ被災地に隣接する地域だった。 
 
 1月17日当日は、大阪市内にある会社に車で向かったが、途中で引き返した。翌日以降も仕事にならず、社内で仲間を募り次の土曜日から西宮・芦屋・神戸市内の社員に支援物資を届けるボランティアを始めた。 
 
 でも三週目くらいからは、社員の被災は一部の方以外はそれほど深刻ではなく、もっともっと困っている方が多くいる現実に直面し、以降は所属していた大阪ボランティア協会の被災地の方々を応援する市民の会に合流し、4月頃まで休日ボランティアを続けた。 
 
 今回も思いは同じだが、被災地が遠い。それと、今自分に課されている役割は当時とは比べものにならない。すぐにでも被災地へ飛び出して行きたい気持ちだが、今はそれができないし、すべきではないと思う。 
 
 私の古巣大阪ボランティア協会でも、今は自粛を呼びかけている↓ 
http://www.kvnet.jp/touhoku_jishin.html  
 
 それでもすでに「可児川豪雨災害行方不明者のご家族を応援する会」の仲間で岐阜県災害救助犬協会の方などは、単身救助犬を連れて被災地に飲料水を満載して出発して行った。 
 
(社)岐阜県災害救助犬協会HP↓ 
http://www.ccn3.aitai.ne.jp/~araiguma/index.html 
 
 また、市議会からの連絡によると、本日、可児市役所水道部の職員2名が、給水車を運転して仙台市役所へ向けて出発したとのことだ。さらに建設部建築指導課員2名も待機中とのことだ。 
 
 明日の夜には、所属する市民グループなどを中心に、被災地への義援金集めに関する会議があり、できる限りの協力はするつもりだ。 
 
 今日、わが町可児は無事終演となった。多くの方が感動して、終了後もその余韻が広がっていた。私はわが町可児サポーターを引き受けた以上、最後まで役割りを放棄できなかった。700枚もの写真の撤収などを手伝い、終わったのは18時40分頃。 
 
 その後、サポーターメンバーは打ち上げ会が予定されていたが、私はもともと予定が組まれていたので、19時15分より同じアーラ(可児市文化創造センター)和室で可児川豪雨災害行方不明者のご家族を応援する会の第17回目の運営会議を行った。 
 
 来週、20日日曜日午前9時30分から、第16回目の捜索活動を予定している。先週はゴムボートを用意しながら、準備不足で木曽川を渡ることができなかったが、来週は川に慣れた方の応援がいただけることになり、各方面への連絡など課題がまだ残っている。 
 
 市議会も一般質問は終わったが、来年度予算についての審議は来週が本番である。来週も自分に与えられた役割りを全力でこなしてゆくしかない。
 


   昨日の日記と矛盾してないか?
『全国民がTV等の報道に釘付けになっている。』時に、どこぞの市長と議員は歌って踊って“スマイリング写真”だそうです。

このブログは全国的に見られるようになっています。
人間性疑われますね。 
匿名希望 ..3/14 14:29(月)

  匿名希望さん お気持ちは分りますが、それではすべてのイベントは中止しなければならなくなります。今後、そういう動きは加速してゆくでしょうが、11日時点でこの子どもたち45人を含む、100名もの市民が半年以上も稽古を続けてきた、この音楽劇を中止する判断はくだせない状況であったと思います。後ろ向きな議論は止めて、刻々と被災状況が明らかになる中、私たちに何ができるか、何をすべきかを語っていただけるようお願いします。
山根 一男 ..3/15 4:11(火)

  確かに12日の日記は腹が立ったから、私は山根さんに直接mailした。

しかし私の私見ですが、やはり12日のイベントは、どんな理由があっても延期するなどの方法があったと思います。
現に大きなイベントや地方のイベントは延期や中止を余儀なくされています。
それを考えて、これから人間として街を代表する議員として、これからの山根さんの御健勝を願っています。
勝山・関西代表 ..3/16 0:39(水)

  >勝山・関西代表さん
主催者側に聞いてみましたところ
『誰ひとりからも中止、延期、変更などの意見が無かった』との事です。
認識しておくべき現実だと思います。
 日本中の意見を聞いてみたいです。
職員等 ..3/16 22:16(水)

  山根さん
絶対中止すべきなんて
誰も書いてないでしょう。 
いくらでも人道的配慮ができると思います。
職員等 ..3/17 12:01(木)
>> 返信

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