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   11週 稽留流産   
   37週 一卵性双生児 ....   

Name: MEG    ..plala.or.jp
Date: 2011/03/17(木) 08:57
     削除 
Title: 11週 稽留流産    
先日、稽留流産しました。
初めての妊娠で、妊娠11週での出来事でした。

初めは頭が真っ白になり、先生の説明にも、ほぼ上の空でした。
悲しいとか、ショックとか、そのどれにも当てはまらない、経験したことのない感情で呆然として、涙も出ませんでした。
数日後の入院・手術の手続きを済ませ、病院を出て、主人に電話で報告した途端、涙があふれ出しました。

その直後の今回の大震災。
一生忘れられない日となりました。

当初は手術の予定で、手術の前日に入院して事前処置を行いましたが、その刺激で翌朝には自然流産していました。
人生で初めて麻酔と手術を経験することに、とても恐怖と不安を感じていたので、赤ちゃんが自分から出てきてくれたのかなと、勝手に解釈しています。

事前にこちらや、いろんなサイト様で皆さんの体験を拝見させていただき、
いろんな覚悟ができたし、何より前向きになることができました。
「順番の法則」というお話を目にしたとき、きっとまたこの子は戻って来てくれるんだって思うことができました。
お兄ちゃんか、お姉ちゃんよりも先に私のところに来てしまって、神様に連れ戻されちゃったせっかちな君に。

今回の妊娠と流産で、この世に自分が生まれることができた奇跡を実感したし、何より両親に改めて感謝することができました。
同じ経験をされた方で、今、とても落ち込んでご自分を責めてらっしゃる方もいらっしゃると思います。
お医者様に「誰のせいでもない」と言われ、余計に辛い思いをされてるかもしれません。
私もそうでした。

でも、きっとまた会えます。私はそう信じます。
そう信じて、元気で楽しい日々を送っている自分のところに戻って来てもらいましょうよ。
きっと、また会えます。
きっと。





Name: クミ    ..ztv.ne.jp
Date: 2011/03/15(火) 15:43
     削除 
Title: 37週 一卵性双生児の一児 医療ミス    
第2子が双子でした。
自然妊娠だったことや、身内に双子がいないことから、ちょっと特別な感じがして胸が弾みました。

我が家の一卵性双生児ちゃんの膜性は、双子の種類の中でも最も珍しく、また危険性も高いということがわかりました。
2人が無事に育ち、障害もなく生まれてくることは「難しい」とも言われました。
周囲からは「諦めたほうが・・・」という声もありましたが、エコーで仲良く並ぶ愛しい我が子をなくすなんて、とても出来ず、いけるとこまでいって、頑張って産んで育てるんだと、心に決めていました。

長女を産んだ産院では「フォローできない」と言われ、有名な病院では「通うのに遠すぎるよ」と言われ、仕方なく紹介された総合病院へ行きました。
そこでベテランと言われる部長先生は、私の紹介状すら、よく読まずに「こういう難しいタイプの人ばかり次々に送り込まれて迷惑なんだ」と。そして「だめな時はだめだしね。今の時点で双子をこれだけ抱えてるんで(と手書きのリストを見せてきて)あなたも一応書いとくけどとにかく僕はいっぱいいっぱいなんだ」と、言いたい放題でした。
不安いっぱいで臨んだ初検診では、ただただ、おびえるばかりでした。

その後も、危険なパターンならなおさら部長先生にとすがる思いで、その先生に仕方なくついていきました。
33週から管理入院にはいり、37週でウテメリンを中止すると陣痛が来て、夕方からいよいよ出産態勢になりました。
何も問題はありませんでした。
「ここまで、赤ちゃんが2人そろって順調に育った例は珍しく、33年の医師生活で初めてだ」と、医師は、後に言いました。

私の膜性は、初診の時に持っていた紹介状にしっかり記載されてあったのに、医師はそれをちゃんと読んでいませんでした。
そして、自分の目で診断を下し、私を本来と違う膜性だと誤診していたのです。
医師の見解では「自然分娩が出来る妊婦」でした。
でも、実際は、帝王切開でしか赤ちゃんが助からなかったのです。
つまり、自然分娩したら100パーセント赤ちゃんが死ぬということです。
1人目は、呼吸障害を負いながらも無事に出てきてくれました。しかし、へその緒と手だけが先に出てしまった次男は、頭も体も出すことができず、苦しんでいるところをかき出されて、引っかき傷をいっぱいつけられて、出てくる5分前に心拍をなくしました。
2,980gもある、大きな男の子でした。
長男も2,274gに成長しており、双子とは思えない、大きくて立派な赤ちゃんでした。

一緒にお産に立ち会ったもう一人の産科医に私の処置をまかせて、部長であるその医師は、私の夫と両親達に「自分の過ちだ」と、謝りに行ったそうです。
私は、無理な出産で出血が多く、意識がなくなり、あまり当日のことは思い出せません。

でも、意識をなくす前に生まれたばかりの次男の亡骸を主人が分娩室の外から連れてきて、どうしてうまれたばかりの子が外に出れるの?と、思ったのを覚えています。
主人が泣きながら、息子を私に見せてくれている意味が、長い間理解できませんでした。

一卵性は、本当にすべてが一緒で、眠っている顔、指の形、耳の形も全部同じで、今長男が可愛く成長しているのを見ては、同じ顔の可愛い男の子が居たはずなのにと思うと、寂しくてたまりません。

世の中には医療ミスとも認めてもらえず悔しい思いをされてる方がたくさんいらっしゃると思います。私はこちらから訴える前に、病院が認めてきただけラッキーだったのかもしれません。
でも、運命だったとはいえ、医療ミスだなんて一生耐えられません。

病院との話し合いで、何度も「人殺し!」と、叫びました。
うなだれて頭を下げる医師にそれ以上は何も言えず、いつもむなしい気持ちで病院から帰ってきました。

毎年、誕生日である命日に医師の名前で花が送られてきます。
私はその花をいつもぐちゃぐちゃにしていっぱい泣きます。
ずっとずっとそれが続くんだと思います。
もうすぐその命日。私にとって1番辛い日がやってきます。



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