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25週 死産 臍帯過捻転
2度の流産
Name:
章希ママ
..pcsitebrowser.ne.jp
Date: 2012/03/23(金) 16:48
削除
Title: 25週 死産 臍帯過捻転
本日、息子章希を出産しました。
章希は残念ながら、25週の健診の時に心音が確認できず、お腹の中で亡くなっていました。
はじめから胎動をあまり感じなくて、周りの妊婦との差に不安を抱えつつの健診ではありましたが、思ってもみないことでした。
聞かされたときは、現実を受け入れられず、ただ歯を食い縛り今後のことを聞いていました。
赤ちゃんをちゃんと産まなくては・・・という責任感が先にたち、涙はでてきませんでした。
そして、その日のうちに入院手続き、子宮口を広げる処置をうけ、翌日に陣痛促進剤を使って分娩することになりました。
初日の夜はやはり眠れず、ネットで死産に関する情報をあさりました。
入院2日目に陣痛促進の膣剤を3錠いれ、
夜中に陣痛が始まり、朝7時に出産しました。
それまでは産むことで無我夢中でしたが、産声をあげない小さな息子を見た瞬間、涙がとまりませんでした。
写真をとって、隣でねてみたり、息子が可愛くて可愛くて仕方がありません。
わたしの息子として、宿って、産まれてきてくれてありがとう。
あなたと過ごした7ヶ月間は本当に幸せでした。
色々な人にお腹を撫でてもらって、章希も幸せだったね。
姿が見えなくなっても、ずっとずっとそばにいるから安心してね。ママは自分を不幸だなんて思わない。
だって章希のママになれたことがとても幸せなことだから。
愛する気持ち、命の尊さを教えてくれてありがとう。
愛してます。
Name:
ライチ
..dc.comcast.net
Date: 2012/03/23(金) 13:00
削除
Title: 2度の流産
アメリカ在住です。
2011年4月に1回目の流産をしました。
7週の初診で胎嚢は確認出来ましたが、中身が空っぽで、
「流産の確率は70%」と言われました。
夫の運転する車に乗り、家に帰るまでの道のり、涙が止まりませんでした。
残り3割の可能性に賭けることが無意味に思え、
それでもひょっとしたら大丈夫かも、の希望を捨て切れず、
10日後の再診にのぞみました。
またも空っぽの胎嚢がモニターに映し出され、医師から100%流産、いわゆる「枯死卵(Blighted Ovum)」だと診断されました。
10日間で心の準備は出来ていたとはいえ、まさか自分が流産するなんて夢にも思わなかったので
「どうして私が、どうして私が」と、繰り返すばかりでした。
10年分ほどもの涙を流しました。
目の前にいる我が子を眺めながら、この子が生まれて来たことが、どれだけの奇跡の結晶なのかを知りました。
神様はそれを私に伝えたかったのでしょうか。
9週にあたるとき、Misoprostolという薬を膣に挿入し、人工的に流産を起こしました。
6時間後に出血が始まり、そのまた数時間後に全てが外に出ました。
自分の目で、生きることの出来なかった命が出て来たのをしっかりと見て、また頑張ろうと心に決めました。
きっと次は、大丈夫。
一緒に泣いてくれた夫と、何度も「もう諦めて、一人の子に100%の愛情を注ぐか」という話し合いをしましたが、やっぱり子どもがもう一人欲しい。
半年後、また妊娠をしました。
また妊娠出来たという喜びと、また流産してしまうのではないかという恐怖。
あまりにも早くお医者さんに行って、「まだ早すぎて分かりません」と帰されるのが怖かったから、8週に初診のアポを入れました。
なかなか始まらないつわりを不安に思いながらも、体調が良いので気持ちは前向きで、次は男の子かな女の子かな、と思いを巡らせていました。
妊娠が分かってから初診までの3週間はとても長く、
いよいよ明日が予約の日!という前日の朝、トイレに行くと真っ赤な出血がありました。
色のついたおりものとは全く違う、生理2日目のような鮮血でした。
瞬間的に流産が始まっているということが分かりました。
「また駄目になっちゃった」と、出勤前の夫に泣きつき、
すぐに産婦人科でエコーをみましたが、胎嚢すら確認出来ない状態で、恐らく着床と同時に駄目になったのだろうと言われました。
「どうして私が、どうして私が」
前回も繰り返したその言葉が、頭の中で何度も何度も回りました。
それから4ヶ月、今ようやく、こうして自分の体験を言葉にする勇気が出て来ました。
母親には「あなたはすぐ子供が出来る体質」と教え込まれて育ちました。
そんな私が、2度も続けて流産するなんて。どうして?
でも、私は諦めたくありません。
3度目の正直、2度あることは3度ある、
どちらの言葉が私に当てはまるのか、分からなくて、怖くて、仕方がないけど、それでも私はもう一度、チャレンジしたい。
いつか二人の子供の母親になれる日を夢見て、夫と娘と三人四脚で前に進んで行きたいと思っています。
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