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   21週 一卵性双生児 ....   
   第3子 稽留流産   

Name: あおぞら    ..ocn.ne.jp
Date: 2012/08/28(火) 11:56
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Title: 21週 一卵性双生児 双胎間輸血症候群    
初めての妊娠で、一卵性の双子を授かりました。
6か月に入ったばかりなのに、周りから8か月位に見えると言われる位お腹も大きくなっていました。

21週の検診の時、エコーで見たら、先生が黙って画面をいつもより長い時間見て、ゆっくり残念そうに、
「お腹の中で、亡くなっているね。心臓が動いてないでしょ。」と言いました。
私は、ただびっくりしてしばらく放心状態でした。
先生から、今は原因は分からない事、亡くなったのは大きさから1週間位前だということ、死産児症候群とDIC(血栓や多量出血しやすくなる)の危険があること、これから入院になることなど話をされるうちに、だんだん実感がわいてきて、声を漏らして泣いてしまいました。

入院の準備のために、一度家に帰ることになり、看護婦さんから「少し休んでから帰りますか」と聞かれたけれど、かえって色々考えて泣いてしまうと思い、すぐに帰りました。

帰りに車を運転しながら、胎動の強さが変だったとか、体重が異常に増えてたとか、お腹の張りがあっても無理してたかもとか、喉の渇きと顔のむくみがあったなとか、旅行に行ったのがいけなかったんだとか、胸の下のあばら骨のあたりも苦しくなってたのは異常だったとか、色々思い当たることがあって、泣きながら帰った。

なんでもっと早く気付かなかったんだろう、
なんでもっと前に何か理由を付けてでも受診しなかったんだろう、
なんでもっと慎重に生活しなかったんだろう、
なんで私と私の赤ちゃんが・・・ってすごく後悔と悲しさと悔しさとでいっぱいでした。

入院して詳しい検査の結果、一卵性の双子にみられる双胎間輸血症候群が原因でした。
病名は知っていたけど、まさか自分に起こるとは思っていませんでした。

前処置の翌日、陣痛から2時間半程度で生まれてくれました。
とってもかわいい女の子2人でした。
いっぱい抱っこして、悲しいけれど、幸せな気持ちでした。
小さいけれど、私と主人の両方に似てて、本当にかわいい娘達でした。


あたりまえだと思っていた命が、儚くて大切で尊いものだということとか、家族との絆とか、いろいろ教えてくれた。
私たちのところに来てくれて、本当にありがとう。
数か月だったけど、双子のママにしてくれて本当に幸せでした。

まだまだ悲しくて、思い出しては泣いているけれど、一生忘れないと思います。





Name: みんみん    ..jp.fiberbit.net
Date: 2012/08/15(水) 16:37
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Title: 第3子 稽留流産    
7月頭に第3子の妊娠反応がでました。
今年で37歳、そろそろ最後の一人を・・・と思っていたので、喜んで日々過ごしていました。
上の2人は安産だったし、今回も普通に過ごしていれば普通に出産できると思っていました。

7週で心拍確認できました。これで一安心。
でも、この7週の検診から1週間たたないうちに、軽めのつわりがさらに軽くなり、冗談交じりに「つわりが軽すぎて本当に生きてるのか心配になるよね」なんて、9週目の検診で話していました。
「ん?いないなぁ」と先生の声。
胎嚢はあるけど、胎児の姿も心拍も確認できず。
頭が真っ白になりました。
先生は「見えない」というだけで、「日にちを変えましょう。また1週間後に見せて」とだけ言われ、その日は終わりました。

それから1週間が長くて不安でした。たくさん泣きました。
でも、まだダメって決まったわけじゃないよね、と自分に言い聞かせ、できるだけ普通に過ごすように心がけました。

それから1週間後。
緊張して超音波検査を受けました。
やっぱり胎児はいませんでした。
呆然とする私に「どうですか?」と先生。
どうですか?って言われても・・・

・まだあきらめきれないので、もう少しこのまま待つ。
・次の妊娠につなげるために、処置を受ける。
・セカンドオピニオンを受ける。
この3つの選択肢を提示され、結局、主人とも相談して1週間後に処置していただくことにしました。

あきらめきれない気持ちはあったけど、上の2人の子供のことを考えると、事態が急変して自然流産というショッキングな結末は避けた方がいいかな、という気持ちが働いてしまいました。

そして昨日、処置を受けてきました。
処置の直前に受けた超音波で、少し変形し始めている胎嚢が見えて、絶望的だということがわかりました。
麻酔をかけられ、次に目覚めたときは全部終わっていたらしいのですが、終わったということを告げられていなかったので、
看護師さんが、駆けつけた夫に「今全部処置が終わって、子宮はきれいになっています」と説明をしているのを聞いて、初めて処置が終わったことに気付きました。

眠っている間に、胎児と永遠の別れが訪れたことが、すごいショックで、それからめそめそ泣いてしまいました。
処置についての説明をほとんど受けておらず、持ち物なども言われていなかったのに、替えの下着やナプキンを持参していないことに呆れ顔をされてしまったことも悲しかったです。

術後の痛みなどについても、全然知識も説明もなく、過去に経験した痛みで一番近いのは産後の痛みでした。
出産と反対の状況にあるのに、産後のような痛みに襲われたことでますますショックが深まり、家族にもイライラをぶつけてしまっています。

今は「次がある」とかそういう慰めにもいちいち神経質になって泣いてしまったり、「子宮をきれいにする」という言葉も受け入れられない自分がいます。
手元に残ったのは心拍確認時の1枚の超音波写真だけ。
この写真だけが、この子がこの世に生きた証です。
投げやりになって、まともな食事をする気にならず、1人の時間ができるとぼーっとテレビを見たり、ジャンクフードに手を出してしまいます。

上の2人の子供たちのためにも、早く立ち直りたいです。
そのためにも、痛みと出血が早く収まりますように。

とりとめがない文章だけど、こういうことを誰にも話せずにためこんでいる状況で、SNSにも重すぎて書けないし、一生懸命家事・育児を手伝ってくれている夫にもうまく話せず、どこかで吐き出したくて投稿させていただきました。



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